Case Study

社会を変えるイベントレポート

弊社主催「第1回 経営者限定 ワーク・ライフバランス勉強会」
〜建設コンサルタント業「パシフィックコンサルタンツ」の好事例に学ぶ〜

【2014年7月開催】

講師:パシフィックコンサルタンツ株式会社
 代表取締役社長 長谷川伸一
 経営企画本部 油谷百百子

コーディネーター:株式会社ワーク・ライフバランス
 代表取締役社長 小室淑恵

弊社では、大企業の経営に携わる方々をお招きして、生産性高く働くための勉強会を開催しています。企業の働き方改革を進めていくうえで、経営者の意識改革や具体的な行動は大きな肝となります。また、一企業の活動にとどめることなく業界全体の底上げをはかり、かつ、業種の垣根をこえた全社会的な取り組みとしていくためにも、企業トップが改革を主体的にリードしていく必要があるのです。本記事では、弊社・小室淑恵がコーディネーターを務めた「第1回 経営者限定 ワーク・ライフバランス勉強会」の様子をご紹介します。後半には参加されたみなさんによる質疑応答もあり、経営者がどういった意識で働き方改革に臨み、どのように生産性を向上されているかが伝わってきます。ぜひご一読ください。

誰もが知っておくべき「人口ボーナス期」と「人口オーナス期」

小室:本日ご参加のみなさまは「人口ボーナス期」という言葉をご存知でしょうか。ハーバード大学のDavid E. Bloomが10年以上前から提唱して、昨今、非常に認知度が高まっている考え方です。簡単に言うと“若者がたくさんいて、高齢者が少ししかいないという国の状態”を指し、日本では1960年代から90年代の半ばまでが人口ボーナス期でした。

そして現在、人口ボーナス期を迎えているのが中国、韓国、シンガポールやタイといった国々です。それらの国は今ちょうど非常に経済が伸びているように見えますが、David E.Bloomによれば「人口ボーナス期の国は経済発展するのが当たり前である」と解釈されます。若年労働者が多く高齢者が少ないため社会保障費がかさまない、非常に経済発展しやすい人口構造であるということです。

日本は人口ボーナス期を経て、現在は「人口オーナス期」にあります。「オーナス」というのは「負荷」を意味し、“高齢者が多くなって、若者が少ししかいないという人口構造にある状態”を人口オーナス期と呼んでいます。

経済が発展すると親が子供の教育に投資しますので高学歴化が進み、出産年齢が遅くなります。すると少子化も進み、人件費が上がります。人件費が上がると、世界中から仕事を集めて受注するということができなくなって、仕事が他国に流れていきます。そして、GDPが横ばいになるという一連の流れが、ほぼすべての国に当てはまるのです。中国はもう今まさに人口ボーナス期が終わろうとしています。インドは2040年まで続くそうです。

人口オーナス期になると労働力人口が減少して高齢者だらけになるので、社会保障費がかさみ、制度の維持が困難という問題が共通して生じます。その中でも特に日本が問題だったのは、人口の“ボーナス”から“オーナス”に入っていく速度が他国よりも速くそれが緩まらないということです。

人口ボーナス期は、どんな国であれ「一度終わると二度と来ない」ということが分かっています。しかし人口オーナス期になったらその国の経済は終わり、ということではありません。重要なことは、人口オーナス期に合わせた経済成長のルールを新たに作り出して、やり方を変えていくことなのです。

「人口オーナス期」に求められる働き方を知ることの重要性

小室:人口ボーナス期とオーナス期では、経済発展しやすい働き方が真逆になります。現在の日本が置かれている「人口オーナス期」にあっては、なるべく男女共に働くことが重要です。頭脳労働の比率が高まり労働力人口が圧倒的に足りなくなってくるので、労働力をフル活用できた企業が発展するのです。

二つ目に重要なのは、なるべく短時間で働くことです。時間あたりのコストが高騰化するためです。今、日本人の人件費は中国人の8倍、インド人の9倍ですが、この状態で長時間労働を続けるとコストが膨大になり、全く利益が出ない企業になってしまいます。ですので、企業側が徹底的に短時間で成果を出すようなトレーニングをして、時間内の成果でしか評価しない、というやり方に変える必要があります。

そして三つ目が、なるべく異なる条件の人を揃えるということです。市場は均一なものに飽きているので、短サイクルで商品・サービスを生み出していかないと飽きられてしまいます。一つのヒットを飛ばしている間に、別の人間が別の視点からヒットを考え続けなければ市場のニーズに応えることができないので、どれだけ違う考え方の人間が共存していくかが重要です。

また、転勤・残業の可否で足切りをすると、今後は介護をする男性がみな振り落とされてしまい、労働力がなくなってしまいます。つまり、「育児、介護、難病や障害などは、労働する上での障壁ではない」という労働環境の整備が、人口オーナス期に発展できる企業のルールとなります。

すでにゲームチェンジは始まっており、育児、介護、共働き世帯が主要な労働力となっています。特に、介護をする男性管理職は急増しています。

また、長時間労働、強引な転勤、本質的ではない目的のための頻繁すぎる出張が事実上の昇進条件であるという企業では、“投げやり型”の男性が増えている傾向があります。“投げやり型”の男性は、親の介護など何らかの時間制約を持った瞬間に、「もうキャリアアップのレースでは勝てない」と理解します。そしてキャリアに未練を持たないようにするために、「そういう重要な仕事はA君にやってもらって。A君はまだキャリアアップの可能性があるでしょ? 俺はもうそういう仕事はできないから」といったスタンスで仕事をするようになるのです。

今後、こうした“投げやり型”社員の割合が増える可能性を考えると、そういう人たちもモチベーションを持って上に行けるような状態を早急に考えていく必要があると思います。

日本は人口オーナス期に入って十何年も経っています。この中で勝てる経営について一緒に学んでいければと思っています。

長時間労働を課題としていた「パシフィックコンサルタンツ」の働き方改革

小室:それでは、ここからはパシフィックコンサルタンツ株式会社の長谷川社長にお話しいただきたいと思います。

パシフィックコンサルタンツさんは、建設コンサルタント業をされており、弊社が3年ほど働き方見直しのコンサルティングに入らせていただきました。私が何よりすばらしいと思っているのは、私たちのコンサルティング期間を終えた後に、むしろ改革を加速していらっしゃるところです。

今日は、長谷川社長と事務局として中心になって動いてくださった油谷さんのお二人にお越しいただいております。では、まず長谷川様より経営者のお立場から、なぜ残業の問題、働き方の見直しを経営戦略として位置付け、遂行されようと思われたかについて語っていただきたいと思います。

長谷川様(パシフィックコンサルタンツ代表取締役社長):わが社は建設コンサルタントとして63年目を迎えております。社会資本整備を主体とする公共事業が約85%を占め、お客様は国や地方自治体です。そして社員の90%が技術者であるのも特徴的です。わが社が属している業界は、国土交通省が主たる監督官庁になっております。市場規模は大体1兆円弱くらいで、わが社を含むトップ3社のシェアが大体20%弱。全体の平均が大体16億円くらいの経営状況にあります。

我々の業界が抱える大きな問題の一つが、長時間労働が非常に多いことです。土木、社会資本整備に携わる仕事は、かつては男性の仕事とされ、自己犠牲の上に成り立っていました。社会に貢献する誇りを持ちつつ、国土を作っているのだから残業は当たり前じゃないかという意識で、会社に寝泊まりしながら仕事に没頭してきた過去があります。

経営者はそういった時代を経験しているので、長時間労働を解消するところになかなか意識がいかない。その結果、若い人を採用しても10年のうちに3割くらいが辞めてしまうという問題が生じていました。サービス残業と労災認定が明らかになれば、指名停止によって経営が成り立たなくなるリスクもあります。

一方で、社内には残業をしないで仕事が成り立つのかという恐怖心もありました。そこで、外部からプッシュしていただくのが効果的ではないかと考え、小室さんにお願いしたという経緯です。

効率的な働き方で、残業マイナス5%、受注高16%アップを達成

小室:最初に結果からお話しすると、利益率や受注高が非常に良い形で変化されたんですよね。そのあたりについて、お聞かせください。

長谷川様:6年前、わが社は売上高300億円程度で10億円くらいの利益を出そうというところからスタートしました。しかし、市況の悪化にしたがって、残業は増えつつも売上が300億円を切った状態が2年くらいあり、利益も落ちました。そうすると、利益をゼロにしてでも社員に還元するしか優秀な技術者を確保する手段がありません。

そこで働き方の見直しに着手したところ、市場が改善したことも手伝い、直近の3年間では、320億円、370億円、420億(見込み)と売上高が伸び、力栄も着実に上がっております。

2年前は1%、今年は約5%残業が減っているにもかかわらず、利益は2〜3倍になっていますから、非常に効率のよい働き方ができていると思います。

小室:おそらく、以前の働き方のまま需要が増えていたら、さらに残業が増えて長時間労働に耐えきれない方が流出していたと思います。残業はマイナス5%、受注高は16%アップと、残業時間と売上がクロスして変化したのは本当にすばらしいと思います。

「ワーク・ライフバランス=自分の会社に必要だ」と感じた講演会

小室:続いて油谷さんから、具体的にどのようなスケジュールで取り組まれたのかをご説明いただければと思います。

油谷様(パシフィックコンサルタンツ 経営企画本部):最初に小室社長にお越しいただいたのが、2009年に組合と一緒に実施したワーク・ライフバランス講演会です。それまで私自身、ワーク・ライフバランスはきれいごとではないかと考えていたのですが、実際には「限られた時間で成果を上げる、生産性の高い働き方を追求するという考え方である」というお話に衝撃を受け、当社に必要な考え方だと感じ、会社として取り組むことを企画しました。

ワーク・ライフバランス社のコンサルティングを受けながら3年間という期間で組織としての働き方を見直しつつ、もう一方で、個人としての働き方見直しを進めました。個人の働き方見直しは、管理職の働きかけがカギになると考え、管理職を対象にした長時間労働研修を行いました。「個人の意識改革に期待するのでは何も変わりません。変えるのはあなたたち管理職の役目ですよ」と、管理職としての役割を確認しました。

小室:わが社のコンサルティングに特徴的なのは、小さな単位から進めていくということです。「他社でこんな成果が出ているよ」と好事例を話しても、「他社とは条件が違うから」と受け入れられない傾向があります。

大事なのは「社内で長時間労働をしていたチームが本当に変わった」という「社内事例」をしっかり作り、その事実を自分の目で見たり、社内の噂で聞いたりすることです。そのため、3〜4チームに厳選して私たちが深く関わり、社内で成果を発表していただく場を作ります。

パシフィックコンサルタンツさんでも、8か月取り組んだ成果を発表する最終報告会の場で、かつて長時間労働で有名だった室長さんが「働き方は絶対に変えられます!」と会場に向かっておっしゃったのが印象的でしたし、会場内がどよめいていましたね(笑)。3年間の取り組みの間にチーム数を徐々に増やしていき、イントラなどを通じて発信して広めていただく形で進めました。

長谷川様:社員に「残業をやめましょう」と広報活動をするだけでは、うまくいきません。自分たちがやってきた長時間労働から脱却するのは恐怖心が伴います。ですから、残業問題によって会社が潰れるリスクを植え付けることも、一方で重要です。

小室:最初の講演会を終えた質疑応答の際に会場から「クライアントが感じている我が社の価値は、どんな時間にも対応できるということです。ワーク・ライフバランスをやったことで、うちの強みが認識されなくなったら元も子もないじゃないですか。それについて、何かあなたが責任を取ってくれるのですか?」という、ちょっと厳しめのご質問をいただいたのを記憶しております。

私はそのとき「御社の付加価値は本当に夜討ち朝駆けで仕事をすることだけだとお思いですか? 私は御社には技術力という付加価値があって、お客様からはその付加価値で選ばれている会社だと思います。本当に残業が価値なのであれば、残業をやめれば受注はなくなると思いますが、そのような状態ならばゆくゆくはビジネス自体が必ず立ち行かなくなりますよね」と申し上げました。

実は昨年末、偶然にもパシフィックコンサルタンツさんの大手取引先から弊社に転職した女性社員がいます。彼女によると、かつては何時まででも、土日でも対応してくれる印象が強く、納期ギリギリまで深夜に及ぶ残業をお互いにして、体力・精神ともに疲弊していたけれども、産休を経て復職したら、パシフィックコンサルタンツさんのスタンスがまったく変わっていて驚いたと言います。納期通りに仕事をするためにはどういうタイムマネジメントでやらなければいけないのか、どのタイミングで何をしなければいけないのかを事前にシビアに見積もり、常に前倒しでリマインドしてくれるんです、と。

その結果、ミスや漏れが非常に少なく、精度の高い仕事が出来る状態で納期を迎えることができるようになり、最近では高い技術力が必要な仕事ほど、パシフィックコンサルタンツさんに声をかけるという位置付けに変わった、とのことでした。

その話を聞き、私たちとしても感慨深いものがありました。

社員を巻き込み、改革を確実に進めていくためのさまざまな工夫

小室:いろいろな抵抗がある中で、社内を巻き込む際に具体的にどんな工夫をされていたのか、詳しくお聞きしたいと思います。

油谷様:事務局からの発信だけでは弱いので、社長が社員の前で話をするときには必ず、「限られた時間で成果を出すことが大事」という話を入れてくださいとお願いしました。また、プロジェクトに取り組んでいるグループのリーダーにも、自分たちがどういう取り組みをしているか、働き方の見直しがどう役立っているかを、さまざまな場で話していただくようにお伝えしました。

プロジェクトの中間報告会や最終報告会での発表にも意義はありますが、報告会は「ある程度の成果を発表する場」という見られ方をしてしまいます。そこで、日常的な会話の中で話してもらうことを重視しました。

長谷川様:私の方からは、残業に支えられる経営は将来必ず行き詰まる、付加価値のある仕事が大切であると常に話しました。私自身、建設コンサルタンツ協会の副会長もしておりますので、発注者である国、役所にも無理な発注を改めるように働きかけてまいりました。それも社員にとっては安心感につながったと思います。

当初は「経営者として何か率先した取り組みを見せてください」との声もありましたので、常務以上の10人程度で行う経営会議を立ちながら行い、短時間化もしました。

小室:立ったまま会議を行うスタンディング会議は、私自身もいろんな企業さんにご紹介しているのですが、役員会議に導入したのはパシフィックコンサルタンツさんだけです。肘掛つきの椅子などに座ると、どーんと腰を据えてしまって議論が長引きますが、立って議論すると、ご年配の方からどんどん疲れて会議をやめたくなってくるというのが一番の効果でして(笑)、短時間で成果を出そうという意識がわきます。

長谷川社長と一緒に国土交通省に行ってお話をさせていただいたのも印象的でした。このときは、長時間労働の是正について提言に行くという意識でしたが、実際にお会いしてみると、国交省自体も長時間労働に困っている実態が明らかになりました。それ以降、国土交通省からのワーク・ライフバランスの発信が増えましたし、弊社でも実際に国土交通省さんをお手伝いするようになっていまして、弊社のコンサルタントの工藤や風間が国交省の委員会で有識者として出席しています。

このように、社長が発注者にも働きかけているわけですから、社員の方も自分が動かないわけにはいかないという意識が芽生えてきたのではないかと思います。

業界横断の「ノー残業デー」を実施。メディアでも話題を呼ぶ

小室:ポスターによる取り組みも印象的でしたね。

油谷様:以前から「ノー残業デー」そのものはあったのですが、録音された放送が流れるだけで、形骸化していました。労使の委員会を通じてもう少し実効性を高めようと話し合い、全社一斉ノー残業デーに取り組むことになりました。

そこで作ったのが、社長とそれぞれの事業本部長の顔とともに「帰れ」というメッセージを打ち出したポスターです。そのときの退社率は94.8%となり、私自身も退社時にオフィスのエレベーターに乗ろうとしたら満員で乗れなかったという、朝のラッシュのような状況を体験するほどの結果となりました。

全社一斉ノー残業デーは、事前に業界紙の記事などでも取り上げていただき、発注者側にも告知することで、社内外から帰らざるをえない状況を作ったのが功を奏したと思います。当社の94.8%という結果を受けて、業界大手の他社にも呼びかけを行い、2013年には、「業界一斉ノー残業デー」を同業他社14社参加のもとに実施しました。

その後の意見交換会では、取り組みをもっと広げたいという話が出たため、2014年6月には19社参加の「業界一斉ノー残業デー」を行いました。今年10月には、建設コンサルタンツ協会が主催になり、協会会員の428社で取り組むことが決まっております。

小室:NHKの『クローズアップ現代』など、メディアに扱われる回数も多かったですね。

油谷様:東京都の「働き方の改革 東京モデル事業」という助成金が付く事業に応募して、3年間プロジェクトを進めました。その関係で、東京都を通じて弊社に取材依頼をいただいたという形です。

小室:国の助成金を受けるのは面倒なことも多いので敬遠する企業さんが多いかもしれませんが、メディアの取材が来やすくなる効果がありますね。

長谷川様:どの業界にも業界紙があると思います。そういったメディアに情報提供すると、同業他社や発注者の目にも留まりますから、大きな影響があると思います。

小室:社内報に載っても読まない社員が多いのですが、外部のメディアに載った自分の会社の話題は気にするという社員が多いです。外部のメディアを使うことも極めて有効な戦略ですね。

役員に対して率直に意見できる人材を担当者に

小室:このプロジェクトの大きな成功要因の一つは、油谷さんが担当者だったことにもあると思います。こういったプロジェクトを進めるにあたっては、社内とのコミュニケーション力の高い方、外への発信力が高い方が非常に重要だと思います。あとは、役員に率直にものが言える、という(笑)。

長谷川様:担当社員を女性にしたのも良かったかもしれません。男性社員の場合、役員にものを言うことに臆する傾向があります。その点、油谷さんは全然関係なくものを言ってきてくれました。

小室:違う次元でものを言えるという意味で、女性の特性が強みとして活かされると思いますね。それから、長谷川社長は残業削減に対して報奨制度を設けていましたが、どのようなことをされたのでしょうか。

長谷川様:長時間残業していたチームと、定時に帰ったチームが同じ成果を上げたのだとしたら、残業していたチームは仕事の効率が悪いと判断できます。ですから、成果は同じでも残業を削減したチームには、削減に対する報奨を行うことにしました。

また、全社の利益目標を超えた部分についてはボーナスとして還元することを公約しました。当初はみんな信用しませんでした。「目標だけ達成すればいいじゃないか」という雰囲気だったんです。そこで、「とにかく1回やってみよう。会社も努力には応えるから」と話し、目標を超えたときには宣言通りボーナスとして還元しました。そこで、一気に社員と会社の距離が縮まったと感じています。

多大なモチベーションと効果につながる「朝・夜メール」

長谷川様:「朝メール・夜メール」などのツールも奏功しました。メールを通じて「この人は介護や育児の問題を抱えていて、今日はこういう理由があって早く帰る」とわかったことで、みんなでどのように対処するかを考えるようになりました。

小室:「朝メール・夜メール」は、私たちのコンサル手法として、ほぼすべての企業さんに導入する基本的なツールです。朝、自分の仕事を15分から30分単位で組み立ててメールに書き、夜には、実際にどういう状況だったのかを振り返って書くというものです。

「朝メール・夜メール」の意外なポイントは、朝のあいさつなどに加えて、個人的なメッセージを書くところにあります。たとえば月曜日に、「週末は娘の運動会でした」などと書くんですね。そこで「あの人、子供がいたんだ」「介護していたんだ」など、さまざまな背景が共有されます。社員同士がお互いのライフに興味を持つことで、結果として仕事の調整を付ける一番のモチベーションになるんです。

とはいえ、朝・夜メールを書くことが時間の無駄だ、朝メールなんか書いている時間があったらすぐに仕事に取り掛かりたい、夜メールなんか書く時間があたら、あと2〜3通メールできるだろうといった反発はよくあります。

しかし、ハーバードビジネススクールでの実験で、二つのチームに10日間仕事をさせました。一つのチームは9時〜18時まで、1分の無駄もなく仕事をしました。もう一つのチームは毎日15分をかけて、朝は目標を立てたり、自分たちの考えを書いたりして、夜になると成果や反省を振り返ったり、共有したりしました。後者の労働時間は、全チームメンバー数×15分間×10日間分短くなります。その結果はというと、仕事の成果は後者のチームの方が22%高かったのです。朝夜の振り返りにより、チーム内での情報共有やお互いのアドバイスが生産性を上げることが裏付けられたわけです。

「お客様に全てを捧げるスタイルでないと業界内で負ける?」という恐怖心

小室:では、このあたりでご参加のみなさんからご質問をいただきたいと思います。いかがでしょうか。

伊藤様(セブン&アイ取締役):長時間労働の原因として、意識の問題と生産性の問題というのがあったと思いますが、その他に何があったのかお教えいただければと思います。

長谷川様:最初は、お客様にすべてを捧げるスタイルでないと業界内で負けるのではないかという恐怖心がありました。しかし、同業他社も長時間労働のリスクとは無縁ではありませんから、私たちが先んじて取り組んだほうが、むしろ業界の先駆者になれると考えました。

小室:私が担当したチームで強く感じたのは、「自分にとってもお客様にとっても得」というプレゼンテーションをするのが非常に苦手だったということでした。お客様のいうことを聞いて、相手に全てを捧げてしまうというプレゼンテーションがとても多かったんですね。技術力の高い方ほど、技術を淡々と話せば相手に伝わると思っていますが、実際には「これだけの技術はうちにしかない」ということを上手にプレゼンテーションする必要があります。そこで、各部署を対象にプレゼンテーション講座も開催しました。

伊藤様の会社ではいかがでしょうか。

伊藤様:一番大きいのはコミュニケーションの問題だと思っています。それから業種、業態の違いも感じました。我々は小売業、サービス業であり、お客様は一般の方です。専門的なクライアントさんとはちょっと違うので、そこをどうしたらいいのかなというのが我々の今の悩みです。

小室:BtoCにおける悩みがけっこう大きいというところですね。

管理者のマネジメント能力と、会社が「本気度」を見せる重要性

鈴木様(大阪ガス 部長):労働時間を減らしてこられたということでしたが、その中身には、打合せの時間や、資料を作る時間、勉強する時間といういろいろな内訳があると思います。どういう時間が減ったのでしょうか。

長谷川様:これまでは、一つの仕事があると管理者が部下に「とにかくこの仕事をしていろ」と任せきっていた部分が多く、成果に対する評価も不十分でした。現在は、管理者が「この仕事は、このくらいの期間でこのくらいの成果を出してくれればいいんだよ」とマネジメントすることで、今まで3日かかっていた仕事が1日でできるといった変化がありました。

管理職が自分の仕事に割く時間を7割くらいにして3割くらいマネジメントの時間にあてる。それだけでも、全体としては2割〜3割の労働時間が削減できるというのが実感ですね。

油谷様:資料作成の時間は短縮されていると思います。資料作成の出来栄えに力を注いでしまうと、どうしても時間がかかります。スタート会議などで最終イメージを確認してから作業することで、非効率な部分が減りました。作業時間は極力減らしつつ、逆に考える時間は増やしたいということで取り組んでいます。

小室:大阪ガスさんではどんな課題意識がありますか?

鈴木様:自分たちの仕事を変えていこうと言っても中からはなかなか動きません。部署や本社がどれだけ本気でやっているのかというのを見せていかなければならない。

小室:外的な要因が変わってくれなければ自分たちも変われないよ、という部分ですね。そこは少し戦略的になるのも大事なのかなと思います。実は、本人たちの要因の方が大きかったとしても、会社として「こういうふうに変えたよ、ああいうふうに変えたよ」と発信することで納得して動き出すということはあります。

「会社は本気だな、上の人も変わるんだな」と理解すると、社員の取り組みにドライブがかかりますね。

「残業したい」という若手からの主張にどう対応するか?

牧原様(日本電気 執行役員):弊社の場合、平均の残業時間はもう18時間を切るくらいになっています。ただ、我々が若いときには「やりきる」ことを経験して育ってきたという思いもあります。若い連中から「もうちょっと残業をやらせてほしい」という声が聞こえてくる部分もあるのですが、その辺でジレンマをお感じになることはないでしょうか。

長谷川様:我々も残業そのものがすべて悪いとは考えていません。法定の範囲内で、組織のパフォーマンスを最大にするということであれば、残業は一つの方法です。ただし、残業が長引くほど成果には結び付きにくくなりますし、残業してでも仕事をしたいという人に限って、限界を感じてメンタルの問題を抱えてしまうことがあります。生産性を上げることの重要性を伝えながら、適正な残業時間を目指しているのが実情です。

小室:若手が「思い切って残業したい」と主張する現象は、残業が減ってきたときに必ず起きます。その発言の裏には「成長したい」という欲求があります。先輩たちの成長逸話は往々にして「3日徹夜して仕事をした」というのとセットになっていますから、残業をすれば成長できるのではないか、と思っているわけです。

そこで大切なのは、部下に成長を実感させるような上司のマネジメントです。部下が去年と比較してどれだけ成長したのかを見て、きちんと評価する。さらに、「あなたには10年後、20年後にこういうことを期待しているので、来年までにこれだけの技術を身につけてほしい。そのために、どのような勉強をしていくのかを聞かせてね」などと、成長に向けたサポートをしてあげることが大切です。

かつては、社内のプロジェクトを三つくらい回せば技術が身についたかもしれません。しかし、今では同じ仕事が来年にはなくなるかもしれないというほど変化の激しい時代です。成長するために社外での勉強の重要性を伝えてあげると、社内に残って残業することが成長の手段ではないことがわかってもらえるはずです。また、20年前と今では人件費が全然違う、中国人の8倍の人件費に、残業割増1.25〜1.5 倍を払って作った商品は全く世界に通用しないということを伝えるシビアな覚悟も必要ではないでしょうか。

プロジェクトチームを選ぶときのポイント

山口様(東急ホームズ 代表取締役社長):わが社はちょうどワーク・ライフバランス社のコンサルティングを受け始めるところなのですが、グループプロジェクトのチームは、どういう基準で選ばれて、どういう結果だったのかをお聞かせください。

油谷様:自主的な取り組みという位置づけでしたので、「こういうグループプロジェクトを実施しますので、自分たちの働き方に課題があって、解決したいと思うグループは手を挙げてください」と募集しました。また、成果報告会に参加されていた部長には「ぜひ来年はお願いします」とこちらから声をかけて翌年の取り組みに参加してもらい、広げていったという形ですね。

長谷川様:自主的な取り組みでありながらも、長時間労働が慢性化しているグループをいかにピックアップするかがカギです。そういったグループは、仕事のやり方を変えることに大きな恐怖感を持っている。だから、計画を立てるときに仕事量を減らそうとはしません。

彼らに対しては「もう我々の方で仕事量を減らすよ。本当に仕事量と残業がリンクするのであれば残業は減るだろう。それでも残業が減らなければ、他に問題があるということだよね」と検証する機会を設けることにしました。

小室:チームを選ばれるときは、各企業さんでいろんな取り組みをされていますが、やはり自発的に手を挙げていただくやり方が一番うまくいくような気がします。そして最終的に決定する際は、バランスを考えて選んでいきます。

たとえば、非常に残業が多いチームを2チームくらい。残業は多いのだけれどもリーダーがとっても前向き、というチームを2チームくらい入れるのが大事です。残業が多くてやる気のないチームばかりを4チーム入れてしまうと、傷の舐め合いが起きて全然進まなくなります。

親の介護を抱えて非常に危機感があるリーダーとか、残業を減らしたいという強い意志を持っているチームを2チームくらい入れておく。5チームでやるのであれば、もう1チームは社内のみなさんと仕事内容が近いチームを入れておく。そうするとそのチームで成果の出たやり方は横展開がしやすくなります。バランスに注意されると、その後の波及効果が非常に大きいかなと思います。

子育てや介護を通じて人間的に成長した社員の力を活かし続けるために

若杉様(セブン銀行 取締役副会長):仕事のやり方を変えるというのは、どの企業でも感じることでしょうが、実際に変えるのは難しい。そこで大切なのは、“経営者の思い”に尽きると思います。絶対にブレないで徹底的に続けるしかないと思いました。

具体的には、やはり数の問題だと思います。要するに、子育てをして戻ってきた女性が活躍して、管理職にもなるという状況をどんどん作っていく。数を確保するとあとは自然にいくのではないか。介護と仕事の両立も同様です。

私自身の体験ですが、育児休業を取った社員に「全員帰って来い。絶対に辞めるな」と言ったら、全員帰ってきたことがありました。彼女たちはブランクを経ても能力は向上していました。なぜかというと、子供や夫とのコミュニケーションを通じて、コミュニケーション能力がアップしていたからです。家庭でコミュニケーション能力を身につけた社員が職場に復帰すると、堅い雰囲気がなくなって良い感じで仕事をしています。

ですから、育児休業の期間は無駄ではないという意識がみなに共有されるようになると、社員全体の働き方も変わってくると感じています。

長谷川様:わが社では、ワーク・ライフバランスの延長線上にある、ダイバーシティ推進を次のステップとして見据えています。そのために今、ダイバーシティ推進室を社長直轄で作りまして、「女性にいつでも帰って来て欲しい」「辞めた人も是非戻って来い」といった発信を行っていきたいと思っています。

油谷様:最近、社長は育児休業から戻った社員に直筆のメッセージを書いています。読んだ人が非常に感激して、「もうこれでは辞められない」と話しているのを聞いております。

若杉様:復職した人に、経営者が「よく帰ってきた、頑張れ」と声をかけることも大事ですが、一方で、そういう立場にない人たちもいるわけです。ここのところは、バランスをよく見る必要があります。

小室:今、企業の役員に女性を引き上げるということをやられているかなと思いますが、そのときの鉄則は、必ず複数の方を上げるということです。一人の女性だけを上げると、その人=これから評価される女性像と固定化されてしまいます。ですので、必ずできる限り複数を上げる。そのときに、子供がいる人・いない人、結婚している人・していない人、というような多様性を意識することが大切かなと思います。

先ほど若杉様のおっしゃった、子育て経験のおかげでコミュニケーションが柔らかくなった女性というのは自分のことかな、と思いました(笑)。以前は、自分に弱みがないので自分にも人にも厳しいところがあり、そういう人が上司だと部下にとって非常に息苦しいところがあったかと思います。弱みを上手に抱えながら仕事をしている上司は、介護や育児など、これからいろんな弱みを抱える部下にとって非常に仕事をしやすい上司になるのかな、と思います。

若くて優秀な人材の確保は、全企業の重要な課題

小室:それでは、これまでの取り組みを振り返って、活動の成果は何だったのか、今後さらにどう広めていくかについて、お聞きしたいと思います。

長谷川様:今は企業イメージが非常に大事な時代です。若くて優秀な人材は、技術者としてきちんと働きながら生活ができるような会社を選びたいと考えています。特に女性社員は、働き方に対する企業の取り組みに非常に敏感です。優秀な人材を確保するためにも、今後ますます働きやすい職場環境を追求していきたいと考えています。

小室:今、女性の採用割合はどれくらいでしょうか。

長谷川様:毎年全体で50人強採用してきまして、そのうち1割弱が女性でしたが、昨年はその4割が女性でした。現在わが社の平均年齢が43歳。10年前には35歳くらいでしたから、このままいくと社員の高齢化に歯止めがかからなくなります。やはり若い人材を供給していかなければなりません。そのとき、女性社員が結婚や出産で退職することになると、もう企業として成り立たなくなります。

今、長大橋やトンネル港湾などの公共事業の技術で日本はトップレベルにあります。しかし、こうした技術が次世代に受け継がれなければ業界全体としても退化するばかりです。ですから、技術を継承して業界を発展させるためにも、社員には良い環境で仕事ができて、コストパフォーマンスを上げるという取り組みは、ブレないで進化させ続けていくことが大切ではないでしょうか。

小室:本日はお忙しいみなさまにお集まりいただきまして、本当にありがたく思っております。この勉強会はいろいろな企業様からご依頼いただいて開催したものです。予想した以上にたくさんの方々にお集まりいただき驚きました。さっそく次回以降の継続のご依頼もいただいていますので、弊社としてはこれをビジネスではなく、社会的使命としてやっていくつもりでおります。今日は本当にありがとうございました。

※役職等は勉強会開催当時のものです。