Case Study

社会を変えるイベントレポート

経営者限定セミナーレポート[2]
働き方改革関連法スタート。改正のポイントと企業が即実行すべきことを小室淑恵が解説

経営者限定セミナーレポート[1]では、小泉進次郎 衆議院議員の基調講演を掲載しました。同セミナーでは、小泉氏の講演に続き、弊社・小室淑恵が『働き方改革2019 法改正のポイント』を解説いたしましたので、今回はその内容をお伝えします。

また、主催者を代表して小室が冒頭に行ったスピーチも合わせてご紹介させていただきます。

70年ぶりの法改正。経営トップの判断が、今、迫られている!

小室淑恵・セミナー冒頭のご挨拶:

私は、2014年9月に産業競争力会議の民間議員になりました。当時の官邸では、「労働時間は管理しないほうがいいのではないか」「管理しなくていい方向に法律を改正したほうがいい」という議論が主流となっていました。そこに私が正反対の理論をぶつけていったため、“アウェイの状態”に置かれたことを覚えております。

当時、私が申し上げたのは、「むしろ労働時間に上限を設けることで、時間当たりの生産性を高める競争を巻き起こしていくことこそ、日本経済の発展に資する」ということです。

あれから4年が経過し、2018年6月の国会で70年ぶりに労働基準法の大きな法改正が行われ、2019年4月に施行される状況となっています。

ただし、法律を変えるだけで、この国の競争力が向上し、国民の幸せが訪れるということではないと思っています。本日ご登壇いただく小泉進次郎議員、国光あやの議員、東京大学の松尾豊准教授、慶應大学の中室牧子准教授と勉強会を重ねていく中で、法改正から先は、今日お集まりのリーディングカンパニーの皆さんに果たしていただく役割が大きくなるのではないかという結論に至りました。

「ただでさえ人手不足なのに、労働時間に上限を付けたら立ち行かなくなる」といった、受け身の捉え方で過ごすのか。それとも「人生100年時代の新しい価値の生み出し方、働き方に早く移行しなければ立ち行かなくなる」と捉えて、働き方改革を加速させていくのか。その判断が今、迫られていると思っています。

こうしている間にも、皆さんの企業の職場において、介護と仕事の両立で苦しまれる方、闘病中の方、過労からうつを発症される方など、苦しい事情が日々発生しています。でも、どの社員の方も、会社にもっと貢献したいと思っていらっしゃいます。働き方を変えさえすれば、みんな戦力になるという状況ではないかと思います。

本日ご参加の皆さまには、ここで交わされた具体的な議論をもとに、今後の取り組みの一層の推進につなげていただくことをお願い申し上げます。皆さんにとりまして、このシンポジウムが実り多いものとなることを祈念し、私の挨拶とさせていただきます。

「上限を破っても何も起きない?」→新しい法律下では罰金が発生

小室淑恵・「働き方改革2019 法改正のポイント」:

皆さんもご存じのとおり、2019年4月から三六(サブロク)協定の上限が単月100時間と設定されます。ただ、皆さんの企業の従業員の方は、おそらくこう思っています。「今まで三六協定の上限を破ったことなんて、何度もあるよ。今回上限が決められたからといって、それを破っても今までと同じように何も起きないだろう」

なぜ今まで何も起きなかったかというと、実はこれまで三六協定の上限は、法的強制力のない「厚生労働大臣告示」というもので決まっていたからです。それが法律に格上げになるというのが、実は最大のポイントです。
※三六協定については、こちらの記事もご一読ください。

法律を破ったら当然“お縄”です。違反した人数に応じた罰金を支払いますし、複数事例があれば企業名公表という形になります。ここが一番の違いであることを、従業員の方に認識していただく必要があります。

そしてもう一つの大きなポイントが、経営者責任の追及です。今まで事業所、営業所、店舗などで何かしらの問題が起きても、その事業所のトップが責任と取って終わる“とかげのしっぽ切り”で済まされるケースがありました。

しかし、今回の法改正によって、「企業トップの責任と自覚を問うため、企業本社の立ち入り調査、経営幹部への指導を行うこと」とされています。もはや「自分が把握していない事業所で起きたこと」では済まされません。全国津々浦々の事業所単位でもきちんと推進されているのか、ぜひチェックしていただければと思います。

早急に導入をおすすめしたい「勤務間インターバル制度」

また今回、ぜひ導入していただきたいのが、勤務間インターバル制度です。前日帰宅してから連続11時間たたないと、翌日の業務を開始できないという制度です。

これはEU全ての国に批准されており、日本ではこの2019年4月から努力義務になります。ただ、多くの企業がすでに自主的に義務化して、導入している流れがあります。なぜなら、この制度は過労死やうつを防ぐのに最も有効だからです。

北里大学の島津明人教授によると、人間の脳は朝起きてから13時間しか集中力がもたない。そこから先は酒酔い運転と同じくらいの集中力しか保てない、とされています。そういう時間帯に仕事をすればミスや事故が発生しますし、ミスや事故は現場のストレスを上昇させます。

また、慢性疲労研究センターの佐々木司センター長によると、睡眠時間の前半は体の疲れ、後半は精神の疲れを取るという役割になっているそうです。後半の睡眠が取れていないと、前日のストレスが積み上がってしまい、メンタル疾患、過労自殺にもつながります。

こうした問題を防ぐためには、インターバル制度の導入が最も有効ですので、ぜひ率先して導入に踏み切っていただければと思います。

最も重要なのは「先手を打つ働き方改革」

働き方改革で最も重要なのは、追い込まれてやる働き方改革ではなく、「先手を打つ」働き方改革に取り組むということです。

追い込まれた働き方改革がなぜまずいのか、解説します。労基署指導や過労自殺の発生を受け、追い込まれてから働き方改革を始めた企業では、経営幹部が「帰れ帰れの大号令」を掛ける状態になり、社員は“やらされ感”で働き方改革に向き合います。

幹部はメディア対応や労基署対応に追われ、具体的な仕事の見直しをする指示が出せません。仕事の量もやり方も変わらないのに、時間だけ減らせと推し進めると、意欲低下とコンプライアンス違反、いわゆる持ち帰り残業などが起きます。最終的に、有能な人材から順にどんどん流出し、そのことでさらに生産性が悪化する、負のスパイラルに転がり落ちていきます。

一方で、先手を打つ働き方改革では、まず「経営層が働き方改革の正しい意義を研修などで勉強」します。それを中間管理職にも降ろしていくことで、「これは成長と成果のためにやることである」と職場が理解します。これによって、各部署が自発的に制度の変更や設備投資のアイデアを出して「社員が主体的に進める働き方改革」になり、組織への信頼度も上がります。

すると、ますます現場が自立して判断、変革、挑戦を繰り返すようになり、働き方改革が持続して進み、業績も向上する職場になるということです。

このように、全く異なる結果になってしまいますので、ぜひ先手を打つ働き方改革に進んでいただければと思います。

働き方改革は“勝つため”の取り組みである!

多くの皆さんがご存じのとおり、日本は1960年代から90年代に人口ボーナス期を経験しました。簡単にいうと、男性ばかりで長時間労働をして、同質性の高い組織をつくれば、間違いなく急成長できる時代だったということです。

しかし現在は、男女ともに活躍し、効率良く働き、多様性に満ちた組織をつくらなければ勝てません。そして、イノベーティブな商品・サービスを提供する必要があります。試しにイノベーションの本を20冊ぐらい買ってみると、全ての本に「イノベーションが起きるためには、多様な人材がフラットに議論する場が意思決定層にまであることが重要」と書いてあるはずです。

では、多様な人材が今までどうして現場から上がってこなかったかというと、働き方の事実上の門前払いが存在していたからです。つまり、重要な仕事や登用は長時間労働ができる人にだけ与えられてきたわけです。

そこで、なぜ働き方改革をやるかと問われたとき、皆さんには自信をもって言っていただきたいと思います。「イノベーションを起こして勝ちに行くからだよ」と。

多様性を阻害する働き方を変えて、ダイバーシティ、イノベーションへと進んでいかないと勝てないからやるのだ、ということをぜひブレずに語っていただければと思います。

優秀な人材確保のためにも「男性の育児休業取得」に注力を

2017年10月に、「労働時間革命宣言企業」というシートを安倍総理に手渡ししました。これは政府と労使が「労働時間の上限を法律で付けるべきか否か」という議論をされている真っただ中に、「自分たちの企業は、もう働き方改革をやる。労働時間の上限を付けてもよい」と宣言してくださった企業の方々です。今日会場にお越しの経営トップの方にもたくさん宣言いただきました。

お渡ししたこのシートを総理はメディアに示して「これだけの企業が働き方改革を進めるべきだと言っているので、さらに力強く働き方改革を推進していく」と発言されました。この時のようなリーダーシップを今後もぜひ取り続けていただきたいと思います。

今後ますます企業にとって課題となるのが人の採用だと思います。生産性本部の調べによると、新卒男子学生のなんと8割が、育児休業を取得したいと答えています。でも、実際取得できているのは、たった5パーセントです。この差が狙い目です。

採用で勝っていくためには、「うちは男性が育児休業を取れるほうの企業だよ」とぜひアピールしていただきたいです。

「男性育児休業100パーセント宣言企業」とは?

実は、次は安倍総理にこのシートをお届けしようと思っています。「男性育児休業100パーセント宣言企業」です。今現在の男性育児休業取得率が100パーセントである必要はありません。これから100パーセントに向かうと宣言していただくことが大事です。

男性は入社してから、ずっと「職場」という一つのコミュニティに居続けがちですが、育休を取ると、ママ友、パパ友といった新しいコミュニティに入り、思考のパラダイムシフトが起きます。また、おむつを替えて、やかんでお湯を沸かしてミルクをあげて・・・という同時進行能力が鍛えられて、生産性も向上します。赤ちゃんの泣き方から体調を察するうちに、部下の気持ちに寄り添って話を聞く「傾聴力」も向上するでしょう。

今後、男性の働き方にパラダイムシフト、イノベーションを起こしていくためには、育児休業の取得は非常にいい機会だと思います。

しかも厚生労働省のデータによると「1人目の育児で夫の育児参画が少ない家庭ほど、2人目以降が生まれる割合が低い」のです。つまり、少子化解決のカギであり、社会保障の担い手確保にも直結する問題です。

「男性育児休業100パーセント宣言企業」は今日から正式に募集を開始しますので、ぜひ早めに宣言いただき、一緒に社会を引っ張っていく側になっていただけたらと思います。

それでは、経営者の皆さんには、お手元の色紙にトップコミット宣言を書いていただきたいと思います。この場からさらなる新しいムーブメントが起こっていけばと思います。

※小室がセミナーの中でご紹介した「男性育児休業100パーセント宣言企業」 は、現在の育休取得率や会社の規模などは問いません。皆さまの積極的なご参加をお待ちしております!