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働き方改革シンポジウム 2024〜成功のカギとなった働き方とコミュニケーション〜
2024年4月23日、弊社では毎年恒例の「働き方シンポジウム2024」を開催しました。本年のテーマは「成功のカギとなった働き方とコミュニケーション」。現在、働き方改革に関する法律が続々と施行され、各社とも働き方改革を重要な経営戦略の一つとして位置付けています。このシンポジウムでは現場の成功事例と苦労について、ゲストの皆さまから貴重なお話をいただきました。その内容をお届けします。
■開会の挨拶
株式会社ワーク・ライフバランス 代表取締役 小室淑恵
今日はたくさんの皆さまにお申込みいただき、本当にありがとうございます。これからオンワードの保元社長、東亜建設工業の福地役員、後藤理事にご登壇いただきます。私どもが尊敬する経営者として、ブレなく取り組まれているので、皆さまにさまざまなポイントをお伝えいただけると思います。
私からは最近の動きを少しだけお話しします。4月9日、京都大学の柴田悠教授が衆議院特別委員会で政府の少子化対策について意見陳述をされました。その冒頭で「今の政府与党の法案で一番欠けているのは、男性の働き方改革という観点です」と話していました。子どもがいる男性ではなく、上司・同僚を含めた男性全体の働き方改革が重要ということです。柴田教授の試算では、3兆円をかける政府の少子化対策で上がる出生率は0.1程度ですが、平日に男性が週6時間早く帰ると出生率が0.5、つまり約5倍上がるということです。それだけの成果が出る働き方改革について、政策が甘いのではないかとご指摘されていました。
では、どうして男性が早く帰ることが出生率に関係するのでしょうか。詳しくは昨年私が東京都の小池知事にプレゼンテーションをした資料がありますので、そちらをご覧いただければと思います。このプレゼン資料は、岸田総理からの「日本では女性活躍が進んできたのに、なぜ少子化が改善しないのか」という質問に回答するために作った資料が下敷きとなっています。これを見ると、今後ますます少子化対策の主役は男性になることがわかります。
今日お集まりの皆さまの大半は、各企業で取り組みをされていて、働き方改革や女性活躍は当然やるべきだと考えているはずです。けれども、なかなか経営陣や職場に取り組んでもらえず、どう動かしたらいいかという悩みを抱えていると思います。そこで後半のパートでは、社内で説得していくための材料や、壁を打ち破るポイントを私から提供したいと思います。今日はよろしくお願いいたします。
■「女性活躍と心理的安全性の醸成を本気で目指す──現場との対話から見えた新しい視点」
株式会社オンワードホールディングス 代表取締役社長 保元道宣様
◎昭和期の働き方から脱却する取り組みをスタート
今日は、2018年春から足掛け6年間、オンワードが取り組んできた働き方改革の経験をご紹介できればと思います。よろしくお願いします。
当社は1927(昭和2)年に創業して、もうすぐ創業100周年を迎えます。ファッション事業を中心に、国内・海外あわせて約60社を経営している企業グループであり、売上高は2000億円弱です。
当社は創業から昭和時代までは紳士服中心のアパレル企業でした。その頃は百貨店でスーツが飛ぶように売れた時代であり、会社の倉庫と店頭の間を、重たいスーツを運んでいく小口物流業務が重要な仕事でした。そのため、体力のある男性社員の存在意義が大きく、男性社員中心の組織ができあがったわけです。
平成に入り、郊外のロードサイドでスーツを扱う会社がたくさんでき、百貨店の比率が相対的に下がったことを受け、百貨店の中に「組曲」「23区」といった新しいレディスブランドを立ち上げました。その頃から多様なファッションへのニーズが高まっていましたが、どうしても昭和のメンズビジネススーツ時代の組織から脱却できないという自覚があり、働き方を変えなければ商品戦略、営業戦略そのものも進化しないと焦りを感じていました。
2018年春に小室さんの本を読み、8月に講演を依頼。2019年春からは社外取締役にも就任していただき、ワーク・ライフバランスさんの力を借りながら、働き方改革を経営戦略の中枢に据える取り組みをスタートしました。なお、当社では働き方改革のことを「働き方デザイン」と通称しています。
◎働き方デザインは経営戦略、営業戦略そのもの
「働き方デザイン」の土台にはワークライフバランスがあり、その先にダイバーシティ、さらにその先にイノベーションがあります。イノベーションが実現すれば、多様な人財が活躍する中で面白い商品、素敵な商品、魅力的な商品が生み出され、販売スタイルもさまざまに進化すると思います。現在は、ダイバーシティからイノベーションに移っていけるかというところまで進んでいると考えています。
ワークライフバランスの中では「カエル会議」「マイゴールデンウィーク」「シフト選択制」「勤務間インターバル」を実行し、着実に数字も良くなりました。また、ダイバーシティの中では「男性育休取得率100%」「女性役員比率30%」を目指して、いいスピード感で進んできています。ここからさらにイノベーションを生み出すことで、「働き方デザイン」の成果をお客さまにお示ししたいと考えています。2030年に向けたビジョンでは、「多様で個性的な人財が活躍できる、お客さま中心の経営」を掲げており、働き方デザインは経営戦略、営業戦略そのものだと考えています。
◎女性執行役員を2名同時に登用
取り組みの成果としては、残業時間が大きく減り、それと反比例する形で営業利益は非常に大きくなっています。男性育休平均取得期間は90日以上となり、右肩上がりで成果が出ています。また、2024年春に女性執行役員2名を同時に登用しました。女性役員の比率は1割程であり、まだまだ進化の余地がありますが、この比率が上がっていくことで社内にどのような変化が生まれるのかを見極めながら、焦らず進めていきたいと考えています。こうした成果が評価され、「D&I AWARD2023」において最高ランクの「ベストワークプレイス」の認定をいただいています。
時系列でここまでの流れを整理すると、2018年夏の全社向け講演から約6年が経過しました。その間、社員同士で工夫を語り合う「カエル会議」を続けており、トップリーダー、経営リーダーのマネジメント研修も、当初の3年間でしっかりやりました。その後、男性育休研修・プレパパセミナー、ライフ・スイッチ研修、役員向けの心理的安全性研修、キャリアプランニング研修など、さまざまな研修を段階を追って実行しました。2023年度からはメンター制度を導入し、メンター・メンティーのコミュニケーションを拡大しています。特に女性役員登用については、私自身と女性役員候補者の間で、年間を通じて密なコミュニケーションを図る取り組みをスタートしています。
◎女性活躍推進のための4つの施策
最後に、ダイバーシティ推進の中で、女性活躍推進のための4つの施策をご紹介します。女性活躍推進は、裏を返せば男性の新しい形での活躍を推進することです。例えば、ベテランの男性販売職だけで成り立っている売り場に、違う世代の女性の販売職も入ったほうが全体として活性化するため、女性活躍は新しい男性活躍につながると考えています。
4つの施策は「カエル会議」「役員対象の心理的安全性研修」「役員メンター制度」「ダイアログ・セッション」です。2023年度は、女性役員候補4名と私が毎月のように「ダイアログ・セッション」を実施しました。この中から2人を執行役員に登用し、今後もメンバーを拡大しながら続けたいと考えています。この「ダイアログ・セッション」では、非常にざっくばらんな話ができました。「女性役員を登用することは、単なる数合わせじゃないか」と懸念を持つ方もいたようですが、私の言葉で「これは営業戦略そのものだ」と伝え、非常にいいコミュニケーションが取れたと思います。2024年度はさらに候補者が増えており、会社の業績とお客さま満足につながる形で女性活躍推進、裏返しでの新しい男性活躍推進を進めていきたいと思います。
■参加者からの質問(聞き手:担当コンサルタント 大畑愼護)
◎女性登用に反対する声にどう答えるか
大畑:女性執行役員を登用するにあたり、経営層の反対の声にはどんなものがあったのか。それに対してどうお答えしたのでしょうか。
保元:女性役員候補者の数が少ない中で登用を進めるのは、男性にとって不利ではないかという男性役員候補者の声はあったと思います。これについては、「営業戦略、多様な商品戦略、販売戦略をつくり出していく上で、会社全体の利益につながる」と説明しています。また、役員の枠を堅苦しく考えず、しばらくは枠を広げてもいいと考えています。女性が増えたから男性がなれないというわけではなく、その辺は柔軟に考えてもいいんじゃないかと話しています。
◎女性執行役員を2人当時に登用した理由
大畑:2024年度は女性執行役員を2人同時に登用されています。戦略や意図があれば解説いただきたいと思います。
保元:実は数年前に1人の女性役員を抜擢したことがありますが、1人だとプレッシャーも非常に大きくなります。それを和らげるためにも、まずは2名からスタートして拡大していくほうがいいと考え、小室さんからアドバイスをいただいたこともあり、2名からスタートしました。
大畑:「女性役員にもさまざまなロールモデルがいる」というのを、現場の方に見てもらう効果もありますね。ちなみに、ダイアログ・セッションの中で、女性部長が当初は女性活躍に疑念を抱いていたというお話がありました。実際にどんな質問を受けたのか、どんなところがターニングポイントとなって役員の心構えができたのか、教えてください。
保元:「女性役員の比率を何割にするという数値目標を形式的に満たすために、無理に推進しようとしているのではないか」と問われました。「そうではなくて、経営戦略そのものなんです。言われてやることでもありません」と、しっかり伝えました。
また「役員になったとき何が期待されるのか。短期間で成果が出て、利益が増え、売り上げが上がると期待されると非常にプレッシャーが大きい」という本音も出ました。それについては、「もちろん中長期では成果を出していかなければいけないけれど、男女を問わずすぐに成果が出るということではないので、お互い学び合いながら成長していきましょう。元気で頑張ることが大事であり、プレッシャーに負けて体を壊さなければ、まずは及第点ですよ」と話しました。それを聞いて少し肩の荷が下りたようです。
大畑:女性役員を登用したときだけ、「お手並み拝見」「さぞ優秀なんでしょうね」というプレッシャーがあります。保元さんがダイアログ・セッションの中で「男性役員だって、全員が成果を出しているわけじゃないんだよ」とおっしゃったことで、女性部長4人が「自分らしく全力でやったらいいんだ」と変化したのが印象的でした。
◎トップとしてブレずに改革を進める
大畑:トップを納得させるためにはどうしたらいいのでしょうか。保元さん自身は、なぜここまで女性活躍、ダイバーシティに腹落ちをされているのでしょうか。何かきっかけやお考えがあれば、教えてください。
保元:同じファッション業界で、当社より規模は小さくてもダイバーシティが実現されていて、雰囲気や生み出すものにリスペクトできる会社が結構たくさんありました。そういった会社を研究する中で、女性活躍・ダイバーシティが成長戦略の土台となることを確信していました。ただ、100年近くかかってできた会社の風土を変えるのは大変です。DX推進と不採算事業の撤退はだいぶ形になってきたので、次の課題として、自分に圧をかけながら取り組んでいる状況です。
大畑:国内外で出張したときに、お取引先の社長と女性活躍やダイバーシティの対話をされ、「ダイアログ・セッション」を行うたびに保元さんの考えが進化していくのを拝見して、非常に心強く思っていました。福利厚生ではなく、経営戦略としてのダイバーシティ・女性活躍ということですね。
◎女性は本当に昇進したがらないのか?
大畑:女性役員、管理職登用において、他社では昇進したがらない女性がいらっしゃることが悩みになっているようです。「働き方デザイン」を6年進めてきて、女性が昇進したがらないことの本質はどこにあり、どう乗り越えたかについてお聞かせください。
保元:女性が昇進したがらないというのは、本当にそうなのか分からないと思います。私は若手の総合職の女性や販売職の女性から、「社長。私は将来役員になりたいです」とダイレクトに言われることが、女性執行役員を2人登用してから確実に増えました。とても心強いと感じています。活躍したいという思いは、女性・男性関係なく持っていたけれど、「実績がないと昇進できない」という空気感があったのではないかと思います。
大畑:この6年でオンワードの働き方が真逆に変わっていますが、それと昇進はどのように関係しているでしょうか。
保元:ワーク・ライフバランスさんと時短に取り組んできたこともあり、「長く働いて、特定の場所に縛りつけられないと成果が出ない」という発想から、「どこにいても、短時間でも成果が出せる」という意識は会社全体に浸透しています。ファッションはクリエイティブな世界であり、ひらめきでお客さまをはっとさせるものを生み出すほうが付加価値は大きいので、働き方デザインが進んできたことと並行して、もっと活躍したいという気持ちが高まってきたと思います。
◎コンサルタントのコメント
大畑:最後に私から6年間のオンワードを見てきて一言コメントさせていただきます。われわれが6年前に入ったときは、「時間外の仕事ができないと責任ある職位は務まらない」という雰囲気がありましたが、今は「時間内にやり切る人こそ優秀」という価値観へと180度変わっています。
働き方デザインに取り組んで残業が半減したことや、10連休を取るマイゴールデンウィークといった制度を通じて、「短い時間で成果を出せば自分も昇進できるし活躍できる」ということが職場にしっかり浸透していきました。保元さん自ら17日間連続テレワークをするなど、経営層が働き方を変えていること、トップの発信がブレないことが進化につながっていると感じています。これからもっと進化していくと思いますが、全力でサポートさせていただければと思いますし、想像し得ない変化を生み出していただければと思っています。ありがとうございました。
■「持続可能な働き方が組織と社会の未来を創る~自律的な職場を育てる、現場の挑戦と葛藤~」
東亜建設工業株式会社
建築本部執行役員 設計設備統括部長 福地康幸様
土木本部理事 技術担当/働き方改革推進責任者 後藤良平様
◎2018年から取り組みをスタート
福地:本日は弊社の取り組みについて、建築部門の働き方改革推進責任者である福地が、後半では現場での葛藤などについて、土木部門の働き方改革推進責任者である後藤がお話しします。
東亜建設工業は1908年、浅野総一郎が東京湾埋立計画を構想し、神奈川県に申請したことから始まりました。その後、渋沢栄一、安田善次郎の協力を得ながら、港湾土木事業を拡大。現在は総合建設業として、創業116年を迎える企業です。昨今では人的資本経営を主眼として、社員のやりがいや働きやすさを求め、幸福度の向上を目指しています。弊社の働き方改革は、社員自身の豊かな生活と、将来魅力ある企業であり続けるために、2018年より取り組みを開始しました。
◎カエル会議を現場に導入
2023年度の主な取り組みについてご紹介します。1つ目は現場支援、社員教育です。BPOなど現場でなくてもできる業務の支援や、DX関連のサポート、各種社内研修で働き方改革に関する講義を行っています。2つ目は時間管理・意識改革であり、年間労働時間の計画と実績の見える化に取り組みました。そして3つ目が有効事例の水平展開です。効率的な仕事の進め方など、小さいことでも取り上げて、「まずはやってみよう」と広がるような取り組みを行いました。一例として、個人やチームを対象に、働き方改革の表彰制度を設け、全社員への浸透を図っています。
このように、さまざまな取り組みにトライしていますが、依然として人材不足や残業時間の削減といった課題が悩みの種でした。社内だけでは限界を感じていたところ、ワーク・ライフバランスさんのカエル会議を知り、2023年度から6支店、6現場で本格的に導入しました。具体的には、ワーク・ライフバランスさんによる約8カ月の伴走サポートを受けながら、現場ごとにありたい姿を共有し、増やしたい時間・減らしたい時間を洗い出し、解決策を議論して実行。その成果を振り返るサイクルを繰り返してきました。また、管轄する支店に対しても意見交換会を実施し、取り組みを現場だけにしないように注力しました。
◎コミュニケーションが活性化した!
実際の現場でのカエル会議の成果について紹介します。ある現場では、女性新入社員とその指導役となる入社3年目の女性社員がいるのですが、お互いに別々の工事に従事していたため、お互いの席が離れていてコミュニケーションが少ない状態でした。このような中、カエル会議を通じてコミュニケーションの向上が課題となり、席替えを行って新入社員と先輩社員を隣に配置しました。すると、この2人のコミュニケーションが増え、それをきっかけに現場全員のコミュニケーションが密となり、心理的安全性が向上していきました。
その結果、女性新入社員が「現場で何をやっていいか分からず、手持ち無沙汰である」という悩みを、勇気をもって現場メンバーに伝えることができました。その思いを全員で共有することで周囲のフォローが可能になり、仕事のスキルもアップして、担当する業務が増えていきました。すると、指導員である女性社員にも余裕が生まれ、ワンランク上の仕事に取り組めるようになり、現在では入社3年目にして現場代理人を任せられるほど成長しています。
◎職場の心理的安全性が向上
別の現場では、業務でのコミュニケーション不足が課題でしたが、Teamsのチャット導入によって業務効率がアップしました。同じ現場では、若手が成長したいというリクエストに応えるべく、主任クラスがミニ勉強会を行うことで、より早く自分の仕事を任せることができています。またこの現場では「打ち合わせで意見・質問がしにくい雰囲気」という課題を受け、アイスブレイクタイムを導入。打ち合わせ前に業務とは関係ない話題が出て、和やかな雰囲気ができています。その結果、心理的安全性が向上することで意見が出やすくなりました。この活発な意見交換によって、自分のやるべきことが明確になり、業務がスムーズに進むようになっています。
また、若手が上司に質問するタイミングを躊躇することで、仕事が後手に回ってしまうとの意見が挙がりました。そこで「今、集中しているので質問はNG」という、“赤札”と呼ぶカードを明示しました。それにより、集中しているときが見える化され、もやもや感が減り、業務がスムーズになりました。ちなみにこの赤札はほとんど使われなかったようですが、こうしたルールをつくることによって、事務所内の心理的安全性が向上したのは間違いありません。
◎成果を発表・共有する効果
ここでご紹介した事例は、何も特別なことではありません。すぐに定量的な結果を出そうとせず、まず全員の心理的安全性を高め、やれることから1つずつ解決していく意識と、それを継続することが重要だと考えます。カエル会議を行った現場は、9月に中間報告会、2月に最終報告会を行い、取り組みと成果を発表しました。この発表会は、社長を含めた役員が出席し、全国の社員にも同時配信しました。発表を聞いた社内からは「心理的安全性があってはじめて効果が表れる。それが当たり前になるまで継続することが重要」という意見が多数寄せられました。
◎今後の取り組み、葛藤、採用活動について
後藤:今後の取り組みとして、今期はカエル会議の第2期の活動に入ります。2023年は現場のみの実施でしたが、千葉支店では複数現場を抱える工事事務所と支店の協働で、西日本建築支店では時短会議メンバーで実施するなど、昨年度とは違ったチーム構成でトライします。昨年度は数名しか受講しなかったカエル会議のファシリテーター講習も30名ほど受講する予定です。少しでも早くカエル会議を全国で自走させることが目標です。併せて2023年度の取り組みも継続し、社員の幸福度を上げていきたいと考えています。
◎取り組みの葛藤と光明
ここまで非常に順調に進んでいるように発表してきましたが、この2年間は非常に大変でした。私が働き方改革推進責任者を拝命された時点で指示されたのは「支店の時短会議に出ろ」「月に一度、本部長に活動内容を報告しろ」ということだけです。何も知識がないので、とにかく本を読むしかないと考え、2年間で15冊ほど本を読み、そこで得た知識を支店の指導や社内の研修での講義に生かしています。責任者も努力している姿勢を見せることが大事だと感じました。
弊社は2018年から働き方改革行動計画を作成して取り組み、21年度までは自社だけでやっていました。21年度に上限規制の達成率をKPIにして、働き方改革推進責任者を定めましたが、「数字さえクリアすればいい」という社員が一定数出てきてしまいました。これは現場で働く人向けの具体策が少なかったからだと考えています。ワーク・ライフバランスさんに依頼するかどうかの検討時も、「こんなお金をかけて、本当に効果があるのか。余計な負担を現場にかけるだけじゃないのか」という意見が多数出ました。しかし、やはり一歩踏み出さないと何も変わらないということで、なんとかスタートしたのが実情です。2年目の今年もモデル現場の選定には苦労しています。
社内発表会、ワーク・ライフバランスの浜田さんの講演も2年続けて実施ましたが、事前に告知しても、本当に聞いてほしい現場の若手の視聴率は低いままです。e-ラーニングを行っても、動画を見ずに確認テストだけ受ける人も多いです。それでも経営陣が発表会に多数出てくれて、社長を含めて「カエル会議はいいね」と感じてくれていること、そして支店長の意識も変わってきたことが光明といえます。
◎採用活動でグッドサイクルを目指す
最後に、弊社の採用活動についてお話しします。ゼネコン業界は人材確保が非常に厳しく、採用数の確保に苦労しています。そんな中、弊社では23年度から全社員リクルート制度を始めました。ここで期待しているのが若手の活動です。若手にカエル会議などで自身の幸福度向上を実感してもらい、採用活動では学生に対して幸福度や魅力を発信してもらう。新たに入社した社員が、幸福度を実感して、また学生に伝えるべくリクルーターをしてもらうというグッドサイクルを目指しています。採用データの推移では良い傾向が出ていますが、今後はカエル会議をどれだけ広めていけるかにかかっています。以上、弊社の取り組みについて、お話ししました。ありがとうございました。
■参加者からの質問(聞き手:担当コンサルタント 工藤真由美)
工藤:「経営陣が一枚岩で進めるのが難しい。役員の皆さんをどうやってまとめていけばよいか」という質問が多数ありました。
福地:働き方改革の取り組みに関して、経営会議などで期末に年度総括及び次年度の取り組みを説明して、承認を得るようにしています。この承認で、経営陣と働き方改革実行部隊である時短委員会のベクトルが共有されると考えています。カエル会議の報告会では、若手の発表者が実体験に基づいて生き生きと話す姿に、経営陣も心を打たれていたと感じました。その後の懇親会では、ある取締役から「私もカエル会議に参加してみたい」という話が出るほどでした。報告会は経営陣を巻き込む上で非常に効果的だったと思います。また、2年連続でワーク・ライフバランスの浜田さんに講演いただきました。建設畑出身であり、業界に精通されていることもあり、経営陣を巻き込む上でも大きなきっかけとなったと思います。
工藤:東亜建設工業さんの報告会は、役員の方たちが非常に熱心に質疑をされる様子が印象的でした。そのあとの懇親会でも、詳しくご質問をされていました。事務局の皆さんが、会議体や雑談の時間などを通じて、熱心に役員1人1人にお声掛けいただいていたことが功を奏したと思います。
◎全社に横展開を進める際のポイント
工藤:どのように取り組みを全社に広めていくのか。発展や横展開をしていく方法についてお聞きしたいと思います。
後藤:先日、今期の期首キックオフミーティングの中で、社長から心理的安全性、人材育成、健康経営、採用活動、女性活躍などを具体的に発信していただきました。特に心理的安全性を高めるには、カエル会議のさらなる展開が不可欠であることが明確に打ち出され、会社の方針としてカエル会議を増やしていこうと考えています。今後、支店としても自走できるようにフォローしていけたらと考えています。
工藤:最初は研修で広めることも検討されていましたが、実際にカエル会議を体験していただくことで、「時間がかかるかもしれないけれども、現場にコンサルに入ってもらったほうがいい」とご判断いただきました。カエル会議の進行役はコンサルタントだけに任せることなく、モデルチームの方々も進行役になられています。また、進行役ができる方を増やす研修についても、しっかり時間を取られています。「カエル会議伝道師」と呼ばれている方が、現在10数名いらっしゃいますが、来年は数十名、100名の単位が見えるところまで広げていけたらということで、私たちも推進させていただきたいと考えています。
◎外部に頼って良かったこと
工藤:東亜建設工業様は自社でも随分進めてこられた中で、私たちにお声掛けをいただきましたが、社外に頼って良かった点について教えていただければと思います。
福地:私自身、実は働き方改革推進責任者を拝命して、まだ1年です。1年前は何から始めていいかも分からず、とにかく現場へ行き、時間外上限規制を遵守する上で何が課題なのか、要望やアイデアをヒアリングするところから始めました。現場でなくてもできるような体制をつくろうと考えていましたが、それをプランするのにも時間がかかるし、関係する部署も多く、実際にPDCAを回すのも大変だと悩んでいたとき、一方で、現場単位でのカエル会議が始まっていました。カエル会議もスタート時はちょっとやらされ感があったと思いますが、3、4カ月経った頃の中間報告会あたりから雰囲気が変わってきました。ワーク・ライフバランスさんのフォローもあり、心理的安全性が現場内になじんできたと感じました。
心理的安全性が増してくると、若手から突拍子もないようなアイデアが出てきて、それを中堅が具体化し、所長がGOサインを出すというボトムアップ型に変わっていったように思います。そこから小さなPDCAが回り始め、ありたい姿に向かってPDCAの渦がスパイラルアップしていくような雰囲気を感じました。
小さな渦をたくさんつくり、PDCAの大きな渦にしていけばいいと気づいたのは、カエル会議を紹介していただいたワーク・ライフバランスさんのおかげです。ただ、カエル会議を行ったのはまだ6現場だけです。ワーク・ライフバランスさんには、弊社が早く自走できるようなご指導をしていただけたらと期待しています。
工藤:社内同士だと立場があり、状況が分かるだけに言いにくいことがあり、「それをいつやるの? どうやってやるの? 誰が持ち帰りますか?」といった5W1Hを詰めていく質問を出しにくい中、容赦なくそういったアクションを切ってくれるのがありがたいと言ってくださったのが印象に残っています。今後も遠慮なく、必要な場面ではあえて空気を読まずにアクションを切りながら、皆さまの自走を進めていくお手伝いをしたいと思います。改めて貴重なお話をいただき、ありがとうございました。
■経営と組織が一丸となって取り組み、業績が上がる働き方改革の鍵とは──政府の動き・最新のデータをご紹介
株式会社ワーク・ライフバランス 代表取締役 小室淑恵
◎こんな疑問、社内にあふれていませんか?
私たちは、今日ご登壇の企業さまをはじめ、3000社の働き方改革のお手伝いをしてまいりました。2018年に働き方改革関連法が国会を通過したときは、参考人として答弁を行いました。このときに通った法律が、2019年に大企業、2020年に中小企業、2024年に建設業、医療、運輸に施行された、70年の労基法の歴史上、初めて上限が付くという法改正です。
今日ご参加の皆さまの企業の中で、こんな疑問はありませんか。「女性の役員を増やすなんて数合わせが正しいのか?」「長時間労働こそやりがいという人の多様性も尊重するべきでは?」「女性の側が管理職になりたがらないのに無理して登用するの?」「行き過ぎた在宅勤務が業績低下を招いたのではないだろうか」「納期や品質を守るために長時間労働が必要な人や時もある」「男性育休は数日で十分。長期化すると周囲に負担なのでは?」「仕事量が多いのに、働き方改革をすると現場に負担がかかる。人を増やすしかないのでは?」。こんな声をどうやって突破していけばいいのか、難しく感じると思いますが、今日お聞きいただく内容で、いろんな疑問が晴れてくるのではないかと思います。
◎男性育休の新しい動き
まず政府の動きについてですが、今までは夫婦ともに2週間以上の育休を取得すると手取りの8割が給付されるという法律でしたが、2025年から手取りの100%が給付される法改正が行われました。最大4週間分が100%給付されるので、今までは金銭的理由で取得をためらう方が多かったかと思いますが、この点が解消されます。逆にいうと、企業は男性が数カ月単位で育休を取ることに備え、誰が休んでも回る職場に変革しなければなりません。
育休の取得率の公表義務は、今まで1000人以上企業でしたが、300人以上企業に引き下げとなります。ちなみに、転職サイトで今最も利用が増えているタグは、「男性育休取得実績あり」です。男性育休やテレワークは、若い方たちが転職をする際に最も注目している観点です。
◎2025年から公表・義務付けが加速!
さらに、男性育休の取得日数や取得率の目標、残業削減の目標を設定して公表することが101名以上の企業に義務付けられ、100名以下は努力義務になります。また、3歳までの子どもを持つ従業員に対して、テレワークを選べるようにすることが企業の努力義務になります。短時間勤務ができない企業の場合、今まで代替措置を講ずることとなっていましたが、代替措置の一つとしてテレワークを追加する法改正になります。
そして、未就学児がいる従業員に対して柔軟な措置を取ることが努力義務となり、短時間勤務・テレワーク・フレックスなどから2つ以上の制度を用意することが企業の義務になります。残業免除策は、3歳まで権利がありましたが、子どもの就学前まで延長されます。そして、介護と仕事の両立に関して、研修をすることが企業の義務になります。従業員が申し出てきたときには、会社の介護制度を個別に周知し、使うかどうかの意向を確認することも企業の義務になります。
こうした法改正は、実は私どもがさまざまな経営者の方のお力を借りて政府に働きかけてきたものです。2019年から始めた「男性育休100パーセント宣言」を政府にお届けし、政治家の方たちに男性育休義務化議連をつくってもらい、義務化議連から政策を届け続け、2022年の男性育休周知義務化法改正までたどり着いたという経緯です。
◎男性育休は妻と子どもの命を救うための休み
「なぜ男性育休が重要なの?」について、まだ納得がいかない組織や経営者がいらっしゃるのではないかと思います。私たちが政治家や経営者の皆さんにどういうポイントをお伝えしたかというと、「産後の妻の死因の1位は自殺である」ということです。この自殺の要因が産後うつです。それまで妊娠に必要な女性ホルモンが出ていたのが、出産を機に一気に出なくなり、この産後のホルモンバランスの大きな崩れによって、赤ちゃんがかわいいと思えない、自分が駄目な母親だと思う、夫を激しく攻撃してしまうといった症状が出てきます。
この症状の最大のピークは、産後2週間から1カ月半程度であり、この時期にまとまった7時間睡眠を取るとホルモンバランスが整い、うつ症状が改善されるといわれています。産後には2時間おきの授乳があるので、なかなか7時間寝られないですが、男性が育休を取ることによって睡眠不足が改善され、ホルモンバランスが整ってきます。
実は、核家族になり、妻が1人で育児をするようになってから児童虐待の件数が増えています。それを考えると、男性育休は妻と子ども2人分の命を救う大変重要な休みだとお分かりいただけると思います。ちなみに男性が育休を取得すると家事育児時間が15分延びることが分かっていて、第1子が生まれたときの育児時間によって第2子以降の生まれる確率が上がることも分かっています。男性育休が非常に大きな少子化対策の鍵であることが分かります。
◎誰が休んでも回る職場づくりが不可欠
私たちと厚生労働省が一緒に記者会見をしたときに発表した調査データをご紹介します。「一部で働き方改革をしている」「働き方改革をしていない」会社と比べて、「全社で働き方改革を実施している」企業では、男性育休の取得日数がほぼ倍でした。つまり、本人だけを休ませればいいのではなくて、上司や同僚が休めていないと、本人は肩身が狭いので、取得日数が短くすぐに復帰してしまうということです。2週間から1カ月半、きちんと育休を取得できるようにするには、周囲が普段から休めるような全社的な働き方改革が重要となります。また、管理職研修を通じて、心理的安全性が高く、お互いの事情を言い合えて、パス回しが美しく、仕事が属人化していない職場をつくることが求められます。
令和になってから入社した男性の8割が育休取得を希望しています。育休を取れない職場には人は集まらないことが分かってきています。私たちは「男性育休推進研修定額制サービス」を作り、今100社に導入いただいています。これは1社何人が受講しても年間60万円のサブスクサービスです。子どもが生まれると分かったプレパパは全員ご参加いただけますし、その上司にも「誰が休んでも回る職場をつくるには、具体的にどのように仕事のパス回しをすればいいのか」という研修を私が行います。詳しく知りたい方は、6月に父親学級、7月に私の管理職研修がオブザーブできます。ぜひご覧いただけたらと思います。
◎時代とともに「勝てるルール」が変化
今回のシンポジウムの申し込みフォームで最も多かった声は「経営層に分かってもらわないと、これ以上進めるのが難しい」「どうしたら経営陣が進んでくれるのか」というものでした。私たちが3000社とご一緒する中では、経営層への説明を行うわけですが、その際には人口構造の変化から説明することが重要となります。以下、ごく簡単にご説明します。
経営陣の皆さんが現場にいた頃、日本は人口ボーナス期でした。若者がたっぷりいて、高齢者がちょっとしかいない人口構造です。この時代は、男性ばかりで長時間労働をして、均質な人材を揃えて、軍隊のように早く安く大量につくることが勝てるルールだったわけです。その時代の働き方を決して否定してはいけません。それが本当に正解だったからです。
しかしながら、現在は若者が少なく高齢者がたっぷりの人口オーナス期に入っています。ハーバード大学のデビッド・ブルームの論文によると、この時代に勝てる働き方のルールは真逆になります。男女を全部使い切り、短時間で生産性高く、ダイバーシティを重視し、意思決定層に多様な人材の考え方があることによって業績が上がります。経営陣に説明するときには、業績向上との関係性をしっかりお伝えすることが大事です。
◎なぜ女性活躍を優先すべきなのか
また、事前申し込みで次に多かったお声が、「うちの役員に、女性活躍の優先順位が高いことが分かってもらえない」という悩みでした。男女平等ランキングで日本が146カ国中125位と下位にあるのは皆さんもご存じだと思います。ここで注目していただきたいのは、日本と同順位にある国々です。これらの国の最大の特徴は、まだ女性の教育も健康も保証されていないということです。女性活躍をしようと思ったら、中卒を高卒、高卒を大卒へと、たくさんの時間とお金が必要です。一方で、日本は教育と健康において、ほぼ世界トップです。世界で最も教育されて健康な女性を使っていない。こんなもったいないことがあるでしょうか。
先日、エネルギー系企業のトップとディスカッションしたとき、「女性活躍の優先順位が高いのが分からない」とおっしゃったので、こう尋ねました。「この大地に、明日にでも使える優良な資源が埋まっていることが分かっていて、そこを掘削する機械をすべてあなたが投資したとします。その大地を、あえて掘らないということがありますか」と。それと全く同じです。日本の女性の教育と健康には、私たちの血税を使っています。現在は血税を使って十分に教育された人を、他国に「どうぞ使ってください」と差し上げている状況です。つまり、女性活躍は、先んじてやれば勝てる競争分野です。他国や他企業が取らないうちに、今やらなければならないということです。
◎「女性再就職応援宣言」の驚くべき効果
そこで私たちは、女性再就職応援宣言を始めました。今眠っている、専業主婦を何年かやった方たちに、ぜひ再就職してくださいと声掛けをしていく試みです。この宣言をいただくと、私たちから無料でさまざまなアドバイスが得られる仕組みになっています。外国人の研修生に投資するのと同じぐらい費用対効果は高いと思います。何年かスキルブランクがある方ほど、採用するのはお得だと思います。
先日は、東大和市の和地市長に宣言いただきました。東大和市では、すぐに採用年齢上限を15歳引き上げることを決めました。また、履歴書にアルバイト経験も含めて書いてよいことにしました。アルバイトも立派なキャリアですし、専業主婦期間だって立派なキャリアです。その結果、応募数は5倍になっています。
◎「1日6時間勤務最強説」
先日、「毎日新聞」に記事にしていただいた弊社のリリースがあります。私たちが「管理職になりたいと思うために必要と考えるものを選んでください」という調査を行ったところ、全ての年代の男女を含めて1位だったのは「適切な評価があること」という回答でした。30代以下の女性に限って見ると「労働時間が1日6時間程度だったら管理職になれる」と答えた方が多く見られました。今、日本では育児の負担が偏って女性にかかってしまっています。その状況で管理職になると、拘束時間が長くなり、ライフとのコンフリクトが起きてしまいます。もう1つ調査結果で分かったのは、もう1人、2人子どもを追加で持ちたいと思える理想的な労働時間は6時間前後だったということです。私たちは「1日6時間勤務最強説」と呼んでいます。
女性活躍で一番多い誤解は、「女性が管理職になりたくないと言っている」というものです。けれども、女性たちが言っているのは「今、目の前にいる管理職のようにはなりたくない」です。管理職の拘束時間の長さが改善すれば、私生活との両立は決して難しくありません。つまり、女性活躍を本気で推進しようと考えていくと、経営陣そのものから働き方を変えていく必要があります。
◎なぜ睡眠不足改善が必要なのか
労働時間と生産性・業績の関係について、いくつかのデータを提供しておきたいと思います。人間の脳は、朝起きて13時間しか集中力がもたず、それを過ぎたら酒酔い運転と同じくらいの集中力しか保てません。また、人間の脳は6時間以降の睡眠でストレス解消が始まるので、7時間睡眠をとることが非常に大事です。
睡眠不足の場合、扁桃体といわれる怒りの発生源が肥大化し、パワハラ、セクハラ、不祥事など、モラル崩壊の引き金となります。現役時代に6時間以下の睡眠を続けていくと、定年後に認知症になるリスクは1.3倍に増加します。また、睡眠不足の上司ほど、部下に侮辱的な言葉を使うことが解明されています。こうしたことが、上司をパワハラの加害者にすることにもつながるので、現場の従業員の残業時間だけを減らす見せかけの働き方改革ではなく、管理職と役員も含めて働き方を見直すことが重要です。
慶応大学の山本教授のデータによると、睡眠時間が短い企業と長い企業を利益率で比較したところ、睡眠時間が長い企業ほど利益率(ROS)が高いという結果が示されました。そして、1年後も2年後も、その差は開いていました。さらに国別で見ると、国民の平均睡眠時間が長い国ほど1人当たりGDPが高く、寝る国ほど儲かっています。他国が7時間睡眠なのに対して、日本は6時間睡眠です。もし日本があと1時間寝たとすると、日本のGDPが倍増する効果が期待されます。
厚労省のガイドラインによると、睡眠が不足するごとに、うつ病にかかっている方の割合が顕著に増えていますし、幸福度が減ってしまうことも分かっています。また、カリフォルニア大学のウォーカー氏の研究によると、徹夜明けの人の脳は、他人が何を求めているのかを察知する脳の働きが失われてしまうことが分かりました。これにより、睡眠が減るごとに他者支援行動が減るということが起きています。実際に、サマータイムで睡眠時間が1時間短くなる週だけ、最大の他者支援行動である寄付が10%減ってしまうそうです。日本の睡眠不足を改善していくことが、いろいろな課題を解決することにつながります。
◎長時間労働をすると生産性が下がる
法政大学の小黒一正教授の本に、大変面白いデータがあります。「年間1350時間を超えたら生産性が下がる」というものです。1350時間は、1日6時間勤務に相当するので、ここでも「1日6時間勤務最強説」が出てきました。「長時間働きたい人の自由を奪うな」とよく言われますが、朝起きてから何時間たっても集中力・生産性に変化が1ミリもなく、時間外割増率もない国に勤務していて、全くの1人でやる仕事のみの方なら、あり得る自由だと思います。
実際には、本人は無自覚に生産性は落ちていますし、組織は時間外割増率を払っています。そして、時間外をどこまでもやり続ける1〜2割の人に評価が集まることで、時間外ができない8割の人はモチベーションが下がります。これは組織にとってはむしろマイナスであり、「評価が下がってもいいという覚悟があれば、やってもいいよ」というのが、私の回答になります。長時間労働の弊害を知らない人に対しては「生産性は下がるよ。寿命が縮まるよ。チームに悪影響ですよ」ということを、きちんと研修していくことが重要です。
◎勤務間インターバルの重要性
長時間労働の改善を制度として行うのが、勤務間インターバル制度です。EUでは全ての国で義務化されていますが、勤務と勤務の間を11時間空けることが法律で定められているのに対して、日本は2019年に努力義務になっただけです。ただ、今年から病院の一部に勤務間インターバルが義務化されていきますし、トラックドライバーは9時間のインターバルが義務化されています。
勤務間インターバルは、7時間の睡眠を中心に、前後1時間ずつの生活時間、その前後1時間ずつの通勤時間を加え、7+4で11という計算になっています。理論上は毎日5時間・月100時間の残業ができるため、ハードルは高くありません。緊急時の対応に困ると考え、導入しない企業もありますが、EUでも緊急時は適応除外となっています。まずは平時に11時間の休みを入れることによって7時間の睡眠を守る。これによって、扁桃体を守り、パワハラなどの不祥事、事故やシステム障害を防ぐことが採用に有利となります。
◎勤務間インターバルがもたらす変化
弊社が実施して非常に衝撃だった調査があります。従業員満足度向上に最も効く施策を調査したところ、基本給や賞与アップよりも勤務間インターバルの導入であることが分かりました。離職率低下に関しては給与、賞与アップが全然効かず、勤務間インターバルが効いていました。毎日7時間睡眠を取れることによる本人の満足度とともに、上司や同僚が睡眠を取っている職場では、イライラやいじめが減少することが大きく関係しています。
実は若者にとって働きがいを形成する大きな要素に、上司・同僚との心理的安全性があります。かつては、長時間働くと商品やサービスが多くできあがり、それが上司に褒められるので、長時間労働が働きがいに直結していました。でも今は長時間労働をして成果に結びつくことはありません。そうなると、周囲とどのような関係性で毎日仕事をするかが、一番の働きがいになります。三井住友信託銀行さんでは、勤務間インターバルを導入した翌年に働きがいが跳ね上がったとのことです。
◎中小企業こそ勤務間インターバル導入を
私たちは「勤務間インターバル宣言」というものを行っています。これは、まだ導入していなくても宣言できます。宣言をいただくと、勤務間インターバルが取れるような現場をつくる研修、管理職研修の企画と実行をお手伝いします。講師を私たちにご依頼いただくかどうかは別として、ご相談は無料ですので、ぜひ一緒に社内体制整備を考えていければと思います。
先日私がとても胸アツだったのは、全建協という、中小企業の建設業のトップをされている青柳会長が、勤務間インターバル宣言、男性育休宣言、女性再就職宣言を3つまとめてやるとおっしゃったことです。「これから法改正したあとの世界に向かって走り出さなきゃいけない」とおっしゃっていて、大変感銘を受けました。ぜひ中小企業こそ宣言していただければと思います。
◎働き方改革でベースアップを実現!
私たちのコンサルをご依頼いただく前、各企業の職場では、時間外割増が1.25倍と安いので、安易に残業させてしまうことが起きています。そうすると、24時間型人材ばかり採用してしまい、育児中・介護護中などの人を採用しない。だから男女の賃金格差が埋まらない。また、時間外が安く使えてしまうことによって、いつまでもデジタル投資が進まない。そして、いつ繁忙期が来て、残業代がかかるか分からないと思うと、ついついベースを上げずに残業代の原資を確保するということが起きるわけです。
それに対して、私たちと一緒に取り組んでいただくと、まず勤務間インターバルを設定して、使えない時間を決めます。それによって、優秀な人ほど自分の仕事を見える化・共有化して、任せる必要が生じます。優秀な人が仕事を任せると、仕事の属人化解消が進み、任せられた側の仕事の成果が上がってくる。そうすると、短時間勤務の方もいろんな情報がもらえ、仕事がしやすくなり、非正規の正規化が進んだり、男女両方が能力を出せたりするようになって、男女の賃金格差が埋まってくる。また、時間外を抑制していこうとすると、人海戦術の限界が来るので、デジタル投資に向かう。こうやって、一定の時間内で仕事が終わることが見えてくる。
これを1、2年繰り返すと、原資が確保できそうだからベースアップしようということになります。私たちと2016年から一緒に取り組んでいる建設業の新菱冷熱さんでは、昨年6%、今年8%と、建設業の中でもいち早くベースアップにたどり着き、採用に非常にプラスとなっています。
◎注目が高まってきた「DEI」
ドイツでは、国全体として労働時間を戦略的に抑制したところ、それと反比例する形で実質賃金が上がっています。日本でも同じことが起きてくるはずです。今までは「D&I」と言われましたが、最近は「DEI」と言われるようになっています。このEは何なのかご存じでしょうか。
今までの日本社会は、一部の男性が主となって働いていました。それでは労働力が限られるということで、全員平等を目指してきたわけですが、これをもう一歩進め、それぞれの人に対して多様なサポートをして、多様な働き方を認め、あえて長時間労働ができる人にも、短い時間の中で勝負をしていただきます。結果として、全員が労働参画できる状態になります。Eの正体は「エクイティ(公平)」であり、長時間労働が可能な人にも、働ける時間に一定の枠を入れていくことが重要だと分かっていただけるのではないかと思います。
◎働き方改革を加速させるには
最後に留意点をまとめておきましょう。全社の働き方を調査分析する部署を置き、それで安心しようという企業は、大概失敗します。その部署が孤独に頑張ると解決策も出ないし、そこから出た策に現場はやらされ感を覚えます。ですから、職場が主役となり、心理的安全性が高まる話し合いの場を日常で実現していくことが重要です。そうすると、働き方が実際に変わってきます。
また、「ライフとの両立が無理だから女性を保護する」「男性育休のために男性を保護する」策には限界があります。全社の働き方改革に正面から向き合えば、介護の問題も同時に解決していきます。
「急に女性活躍と言われても経営陣を信用できない」問題を解消するため、経営陣と本音を伝え合う場をぜひつくってください。これが弊社のダイアログプログラムです。このプログラムとメンター設置に取り組み、関係の質を改善していってください。
アンコンシャスバイアスが職場全体に蔓延していると思いますが、机上の研修をどれだけ受け身で聞いてもダイバーシティの体得は難しいです。体験型でアンコンシャスバイアスやダイバーシティーが学べる「ライフスイッチ」というゲーム型の研修があります。「人生を入れ替える」という意味であり、50代の管理職の方が30代育児女性になって奮闘するゲームを行うことによって、知らずに持っていた自分のアンコンシャスバイアスが解消されます。有志が手を上げて体験型ゲームを広げていくと、全社の風土を変えながら働き方を変えることができます。つまり、経営陣・管理職・深く取り組みをけん引する部署・広げていく有志社員の4方向から同時に設計していくと、働き方改革は極めて加速的に成果が出ます。この全体像の設計を一緒にやっていけたらと思います。
◎働き方改革とは○○である
なぜ働き方改革をするのかを、いろいろな言葉でまとめました。管理職になりたがらない若手のエンゲージメントを回復させるのが働き方改革。管理職を断る女性管理職候補が上昇志向を持てる両立労働モデルをつくるのが働き方改革……。
このように、いろいろな表現がありますが、働き方改革は単に長時間労働をやめることを指すのではなく、長時間労働の原因となっている心理的安全性のなさ、仕事の属人化を解消することで、従来よりも少ない人数と時間でイノベーティブな成果を出せる組織になることであり、人口減社会である日本が、少子化を解決しながら、賃上げ・デジタル化を進めて、経済成長をしていくことであると思ってください。
◎前向きに働き方を変えよう
経営陣を本気にさせるために私たちがよくやるのは、全管理職向けの研修に、冒頭の挨拶と締めの挨拶のために社長、副社長ほか、役員に最前列で参加していただき、90分の研修を管理職と一緒に聞いていただくことです。そうすると意識が変わり、かなり前のめりになっていただく効果があります。
現場に前向きに働き方改革に取り組んでもらうには、褒められることが大事です。例えば、業界紙に出るとか、新聞・テレビに出るのも大事ですし、イントラで紹介されるのも大事です。業界紙に載って、親戚から「見たよ」と言われたりすると、「いい会社に勤めてるな」「この働き方、もっと自分も主体的にやろう」とモチベーションが上がってきます。
また、経営陣は「自分たちでやれ、内製化しろ」と言うことが多いですが、社内でやると3年かかって揺り戻すことがあります。スピードが勝負ですので、ぜひ私たちと一緒にやって、8カ月でどんどん次のステップへ進んでいきましょう。予算を取る難しさについては、1000人の従業員でしたら、1日5分早く帰ると弊社のコンサルフィーはペイしますし、平均で25%残業が減っていますので、十分にペイするということを強調していただけたらと思います。
私からは以上になります。お時間ありがとうございました。