最新の事例を徹底解説!働き方改革オンラインシンポジウム2023〜社員との対話で人的資本経営を進める働き方改革〜を開催しました。
社会全体が働き方改革を推進する昨今、企業や個人には、よりよい働き方の実現が求められていいます。弊社は 2023年 4月 21日、働き方改革の最新トレンドを解説する「働き方改革オンラインシンポジウム2023」を開催し、国の最新の動きや、現場の成功事例・苦労などを共有しました。その内容をお届けいたします。
国と企業における最新の動きと事例をくわしく解説!
〜働き方改革で国や政府で話題に上ることが多いテーマとは?業績が上がる働き方改革のパターンとは?
株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役小室淑恵
◎人的資本経営の成功例
本日はいろいろな企業の事例や政府の動き、そして働き方改革で業績が上がるということについてお伝えしていきたいと思います。まずは、最近私が注目している「人的資本経営の成功例」を3つご紹介します。
1つめは、トヨタグループのアイシンさんです。私たちは2019年から全管理職への心理的安全性研修をご依頼いただいてきました。心理的安全性のあるコミュニケーションを完全に習得され、さらに私どものカエル会議と朝メール.comを活用し、なんと75%の残業削減を達成されました。また、なでしこ銘柄を3年連続で獲得されています。
2つめはアパレル企業のオンワードさん。2018年から「働き方デザイン」という名前で取り組まれ、カエル会議、朝メールをすべて実践し、65%の残業減を達成。また、11時間の勤務間インターバルを導入されました。
同社は男性育休に関して父親学級、管理職の意識改革研修、ライフ・スイッチ研修を行い、男性の育児休業取得率は2.5倍となり、平均で3か月取得されています。ライフ・スイッチとは、育児をしている人や介護をしている人など、別の人生を疑似体験することでアンコンシャスバイアス(無意識の思い込み、偏見)を解消していくカードゲームです。オンワードさんでは業績がV字回復し、幸福度が向上したという人が85%を記録し、株価もこの1年間ずっと上がっている状況です。
そして3つめは、サカタ製作所さん。雪深い新潟の地にある、150人の製造業の会社ですが、2014年に全社員研修に呼んでいただきました。当初は社長を含め従業員の方に「アンチ働き方改革」の方が多数いらっしゃったのですが、全員で意識を一斉に変える研修を行い、属人化している仕事を徹底的に排除。スキルマップを作成するなどした結果、現在、残業は1人1日3分しかしていないということです。
さらに驚くべきは、従業員のご家庭に生まれた子どもの数が4.5倍になったことです。実は、私どもがコンサルをしているいくつかの中小企業で「4倍になった」「2.5倍になった」という数字が次々と報告されており、働き方改革は出生率改善に効果4があるという事実が明らかになっています。なお、サカタ製作所さんでは5年連続で男性の育休100%を達成し、平均で150日、つまり5か月取られているそうです。業績も堅調に伸びており、採用も好調とのことです。
◎政府の少子化対策をどう読み取るか
社会の動きを見ると、岸田政権が「2030年には男性の育休取得率を5%にまで引き上げる」という発表を行いました。政府はあらゆる場面で少子化対策にリソースを投入していく宣言を行っていますが、財源の目処はまだ全部ついていません。おそらく企業の拠出金も財源に見込まれ、「政府の路線に乗れる企業には優遇、乗れない企業にはペナルティ」という形が設定されると予想されます。先日、朝日新聞に掲載された、こども庁長官のインタビューでも、「今後財源が足りないので、社会保険料に上乗せして徴収したり、企業の拠出金を増やしたりする案が検討されている」とありました。
今、ダイバーシティの推進室や経営企画室、人事部にいらっしゃる方たちは、少子化と企業経営の関係性をしっかり理解した上で、経営陣に対して「ここに対応しないと経営に影響が出てきますよ」と、しっかり助言していただきたいと思います。
◎他の先進国の少子化対策とは
私は、企業と国が同じ方向を向き、この6〜7年を本気で頑張れば、少子化は本当に解決できると思っています。少子化を着実に解決しつつあるEUの国々がいったい何をやってきたのか、日本とどう違うのかという点を解説したいと思います。
まず、そもそも「日本の少子化とは何か」ということです。もしかしたら、経営層の中には「女性の社会進出が少子化を招いたのだろう」と言う方がいらっしゃるかもしれませんが、それは70年代までの話です。
確かに70年代はその通りでしたが、80 年代にはフラットになり、2000年代にはむしろ女性の労働力率が高い国のほうが出生率が高いという相関に変わってきています。先進国では非常に教育に費用がかかるようになり、子どもを持つことが贅沢になるので、2人以上の収入があることが子どもを持つ上でプラスに働くフェーズに変わってくるということです。まだ70年代の思考をお持ちの方には、まずここから説明していく必要があります。
ただ、日本は今、アメリカを抜くほどに女性の労働力率が高まったにもかかわらず、出生率は伸びていません。これはどうしてでしょうか?
厚生労働省が同じ夫婦を11年間追跡調査したところ、第1子が生まれた際に男性の育児・家事参画時間が長い家庭ほど、第2子以降が生まれているという明確なデータが出ています。つまり、男性の家庭参画は第2子以降が生まれる上で非常に重要なカギといえます。
ただ、保育園は18時までなので、夫婦で働く場合、どちらかが18時までに子どもを迎えに行かなければなりません。個別にシッターを雇う方法もありますが、高いコストがかかります。そこで他の先進国では、女性の労働参画を高めることとセットで、法改正による強力な労働時間改善を行っていきました。
◎日本の少子化対策の間違い
フランスの出生率が改善に向かった1つめのタイミングは2000年にありました。その前後で強力に導入したのが週35時間労働です。法改正で労働時間を改善することにより、妻が労働参画すると同時に男性も育児参画すれば、夫は「同僚も帰ってい7るし、休めている。それなら自分のキャリアも心配ない。収入が2本になって安心感がある」となるでしょう。そして妻は、「長時間労働がないのなら、責任のある仕事もしたいな」と考え、仕事で活躍できるようになります。家庭においては、「夫婦2人で育てるなら、子どもは2人、3人、4人も考えられる」となるでしょう。
他の先進国では、強力な労働時間改善で男性を家庭に戻し、育児を複数の手でできるようにしていった。ここが、少子化対策において非常に重要な点でした。
一方で、日本では企業に過度に忖度してしまい、延長保育によって長時間労働できる女性を作りました。22時までの延長保育で女性の労働参画を支えた先進国は他にありません。これは保育士を疲弊させることにもつながりました。
こうなると夫は、「同僚や上司が残業している中でお迎えのために帰るのは無理」ということになり、妻は時間制約があることで評価を下げられ、「子どもを持つことはリスクだ」と後輩に伝えるようになります。そして家庭内では、夫は「ちょっとだけ育児したけど妻は永遠に満足しない」と思い、妻は「仕事も育児もしている私はあなたの100倍疲れているのに、感謝の言葉もない。子どもにもイライラする」など、非常につらい状況になってしまったわけです。
結果的に、先陣を切って労働参画した女性の多くは、長時間労働社会への参画と引き換えに結婚・出産をあきらめました。そして夫は長時間労働を続けたことで家庭では孤立し、妻は1人目の育児で懲りて夫への不信感が修復不可能になり、第2子以降を生み控えました。さらに働く女性は、どんなに時間内で意欲高く仕事をしても、「長時間労働ができない見劣りする人材」として評価されず、女性活躍は進まなかったのです。
◎勤務間インターバルの驚くべき効果
少子化を解決している国と日本では「残業時間の上限」「割増賃金率」「勤務間インターバル」の3つの法律に大きな違いがあります。
長時間労働者の割合は日本が最も多く、ノルウェーは約5%しかいません。フランスも約9%です。残業時間の上限では、日本は1日あたり・1週あたりの定めがありませんが、他国では1日の労働時間と残業を合計して10時間まで、1週間も時間外と合計して48時間までといった上限があります。月で見ると日本は45時間が上限ですが、ノルウェーは25時間。年間でいうと、日本の上限は720時間ですが、フランスは220時間、ノルウェーは300時間です。時間外の割増率を見ると、日本は25%しか払わないで済みますが、他国はほぼ40%か50%です。休日・時間外は10日本が35%ですが、他国は100%増し、つまり平日の2倍払わないといけません。
そして勤務間インターバルは、日本が努力義務に過ぎないのに対して、他国は義務化されている状況です。日本の残業の上限は他国の2倍ほど高く、残業代は半分しか払わなくていい。このように大きな違いがあります。少子化対策は個別にお金を配るだけでは限界があり、企業に対して労働環境の変化を求めない限りは解決しないことが明らかです。
勤務間インターバルは、ワークエンゲージメントの向上やメンタル疾患の予防に関して非常に効果が高いことがわかっています。勤務間インターバルは、勤務と勤務の間を11時間あける制度です。日本では努力義務ですが、EUでは義務化されています。
勤務と勤務の間を毎日11時間あけても、毎日残業を5時間、月100時間できる計算ですから、11時間あけたら経営できないということは決してありません。弊社の調査では、離職率を下げる効果に関して様々な施策を一緒に並べたところ、給与アップ施策よりも勤務間インターバルを導入した企業のほうが離職率を下げる効果が非常にあったことがわかっています。
私たちがコンサルをした、あずさ監査法人さんでは、夜の8時から朝7時までネットワークへの接続を切断して強制的に勤務間インターバルを取りました。その結果、体調不良で産業医に訪問される方が4割も減りました。2000社のコンサルをし12てきた中で、メンタル疾患を大きく減らし、採用に困らなくなった企業が取った施策に共通しているのが11時間の勤務間インターバル制度です。
勤務間インターバルには政府も大変注目をしており、自民党は雇用問題調査会で2022年11月に「勤務間インターバル推進PT」を発足させました。また今年の4月には「働き方改革推進PT」が発足し、勤務間インターバルの推進が1回目のテーマとなっています。現状では5.8%の企業しか導入していませんが、調査によると約半数の企業は現状で既に11時間のインターバルが取られています。まだ導入をしていないだけであり、しっかりと導入するために中小企業に対する支援策を強化したり、業種別のマニュアルや専門家をコンサルに派遣したりする取り組みを行っていこうということが、加藤厚労大臣にお渡しした提言書の中に入っています。
そして驚くべきことに、今次々に省庁や自治体で勤務間インターバルの導入が進んでいます。先日、こども家庭庁の小倉大臣が記者会見して、インターバルを導入すると決めました。また、福岡市でも教員や教育委員会も含めて11時間の勤務間インターバルを入れると表明しているほか、岡山県庁も県庁を挙げて導入すると発表しています。先日は人事院が国家公務員に11時間の勤務間インターバル制度の導入について検討を開始することを宣言しました。
◎「寝る企業のほうが儲かる」
勤務間インターバルは企業の業績にマイナスに働くと考えている方もいるかもしれません。そういった方にご覧いただきたいのが、2022年5月に慶応義塾大学の山本勲教授が発表した研究結果です。この研究では、従業員平均で睡眠時間が短い企業と長い企業で比較したところ、長い企業ほど利益率(ROS)が高く、1年後も2年後も継続していたことがわかりました。一言でいえば、「寝る企業のほうが儲かる」ということです。
国ごとに比較したデータを見ると、国民1人当たりの睡眠時間とその国のGDPは綺麗に相関していることがわかります。世界的に見ると、他国が7時間睡眠なのに対して日本だけ6時間睡眠です。「もし日本が7時間寝られたら?」と仮定すると、GDPは倍増が見込まれます。他国ではこうしたことを十分に理解しており、睡眠を国家戦略として取り組んでいます。日本でも、あと1時間寝られる社会を作ることが、企業の生産性にとっても、少子化対策、過労死の防止、GDPの上昇にとっても非常に重要です。
睡眠は集中力、生産性と大きく関係しています。人は朝起きて13時間しか集中力が持たず、そこからは酒気帯び運転と同じ程度の集中力しかないため、長時間労働をしてもミスをして、むしろそのカバーに時間がかかってしまうことがわかっています。
また、慢性疲労研究センターの佐々木センター長によると、睡眠は6時間目以降がストレスを解消する時間であり、6時間以上寝ないとストレスが蓄積してメンタル疾患になりやすくなるそうです。また、睡眠不足は脳内の扁桃体の肥大化につながり、パワハラ・セクハラ・不祥事といったモラル崩壊の引き金になることが明らかになっています。そして『ネイチャー』誌に発表されたデータでは、現役時代に6時間以下の睡眠を続けていると、定年後に認知症になるリスクが1.3倍になることが示されています。
さらに私が注目しているのは、睡眠不足の上司ほど部下に侮辱的な言葉を使うという研究結果です。見せかけの働き方改革をやる企業では、従業員の残業時間を減らそうとして上司に巻き取らせたりしがちですが、それは絶対に駄目です。上司が睡眠不足になると、「自我消耗」という状態になり、自分をコントロールできなくなります。その結果、部下に対して日常的に虐待行動をとるようになり、部下のワークエンゲージメントが下がり、職場の心理的安全性と職場全体の生産性も下がってしまいます。ですから、従業員だけでなく、上司も含めた全体の働き方改革に取り組んでいただきたいと思います。
◎少子化対策で間違えがちな論点
今回、少子化対策として岸田政権が掲げた3本柱があり、3つめの柱に働き方改革が入りました。ところが、政府は「育児休業を取れるように」「育休中も学び直しができるように」「早く帰れるように」など、働き方改革=本人の働き方を支援することだと考えているようです。
この考え方は「ワーク・ファミリーバランス」といいます。家庭の事情に配慮し、育児や介護を抱える人を優遇する考え方であり、一見優しいように見えますが、中間管理職の身になってみてください。職場全体、国全体の働き方が変わらないのに、一部の人に残業させるなといわれたら、結局は事情がある人から事情がない人に仕事が付け替えられることになり、しわ寄せを食った人は非常に憤ることになるでしょう。事情がある人とない人の対立構造が不公平感によって高まり、社内が一枚岩になれず、業績にはマイナスに働きます。
目指すべきは「ワーク・ファミリーバランス」ではなく「ワーク・ライフバランス」です。ワーク・ライフバランスの対象は全従業員であり、「すべての人にライフはある」ということが前提となります。不妊治療されている方、お子さんに不登校児を抱えている家庭など、ライフの事情はたくさんあります。職場全体の働き方改革を行うことで、いろいろなライフを背中に背負って皆さんが出社し、それが化学17反応を起こして付加価値を生み出すことで、業績にプラスに働いていく。これが本当のワーク・ライフバランスです。
働き方改革は本人の働き方支援ではなく、独身者も含めた職場全体の働き方改革を行うことが重要です。これを行わない限り、企業業績にも少子化対策にも真の効果はないことを知っていただければと思います。
◎企業・経営者がいま先手を打つべき4つのこと
ここで「企業・経営者がいま先手を打つべき4つのこと」をまとめておきましょう。
1つめに大事なのは属人化の解消です。法改正されてから対応をするのは、当たり前であるだけでなく、遅いです。法改正の少し前に手を打つからこそ、株主や投資家から選ばれる企業になるわけです。その意味では、先読みが非常に重要であり、今後は間違いなく時間外割増率は上がっていきます。そこで「残業削減しろよ」と声を掛けたり人を増やしたりしても、属人化している仕事がある限り残業は減りません。ぜひ知っておいていただきたいのは、業務の属人化を解消する手法で働き方改革をするということです。
2つめは、勤務間インターバル導入の義務化です。11時間あけられない職場はまだまだいっぱいあると思いますが、その分析と対策を急いでください。前回の労働時間の上限規制に対して反対した業界がありました。その結果、法改正を5年延期してもらったわけですが、その結果起きたのは自分の業界に全然人が来なくなったということです。インターバル導入義務化についても、反対しても自分の業界が非常に遅れてしまうだけであり、もったいないことです。
3つめは男性育休の推進です。今の学生は男性育休の取得率を見ずに、平均取得日数を見ています。取得率98%、取得日数3日などという企業は「なんちゃって育休だよね」と受け止められ、むしろ不誠実だと思われてしまいます。トップが「育休を取れよ」と声をかけて伸びるのは取得率だけ。職場全体で働き方改革をしていないと取得日数は伸びません。重要なのは本人への研修だけでなく、管理職の意識改革研修や同僚の研修です。同僚も含めて意識を変え、アンコンシャスバイアスを解消していくことが大事です。
そして4つ目は、働き方改革、心理的安全性、男性育休の進捗が投資家からの評価や株価に影響が大きいという事実を意識することです。まだ働き方改革という人的資本投資の優先順位は低いと思っている経営者がいたら、これは経営リスクです。アンチ働き方改革の管理職・社員がいる段階の企業には、ぜひ強力な意識改革研修をおすすめします。今後おそらく少子化の財源確保ということで、政府が拠出金を求めてくると思いますが、どの企業にも同じ割合ではなく、慢性的な長時間労働企業や、有給取得率が低いとか、男性の育児休業取得率や取得日数が少ない企業は、例えば他の企業の2倍の拠出金を求められるかもしれません。
ぜひ、上記4つについて社内で共有していただければと思います。
◎働き方や意識を変える各種のサービス・研修
4つの観点に、弊社なりにお役に立てる要素をまとめてみました。
働き方コンサルティングに関しては、私たちがこの国では一番のプロだと思っています。特に属人化を解消できる働き方改革は、8か月ぐらいかけて取り組まれる企業さんが多いです。ぜひ気軽にご相談ください。
そして、2000社をコンサルして、すべての企業に入れていただいているのが「朝メール」というツールです。毎朝、30分単位で自分の仕事を見える化し、夜に振り返る。また「今日子どもがお熱なんです。お迎えコールが来るかもしれません」などとやり取りをしながら、お互いの事情をわかり合い、コミュニケーション豊かに仕事をしていく。在宅勤務でもそれぞれの事情がよくわかる。そんな職場にしていくツールです。
勤務間インターバルに関しては、まず宣言してみてはどうでしょうか。松尾先生も宣言されていますが、松尾先生の研究室では、夜9時以降になるとアプリがスリップダウンして使えなくなるのだそうです。弊社では、「勤務間インターバルアドバイザー」という資格を去年から作り、既に多くの方が受講されています。人事担当者が自組織の中で勤務間インターバルを最速で進めていくための知識を習得できるだけでなく、進め方のご相談に乗れる内容となっています。ぜひ、たくさんの人事担当者にご参加いただければと思っています。
3つ目は男性育休ですが、これは2022年の4月に研修が義務化されています。私どもではプレパパ向けの父親学級と、管理職向けの「誰が休んでも回る職場づくり研修」が全部セットで、年間何人でも受け放題で1企業当たり60万円という定額制サービスを開始しました。これは当初、自社で父親学級が開催できない中小企業向けに始めたのですが、結果としては大企業がたくさん導入されています。ぜひ導入いただき、プレパパ研修と管理職研修を受けていただければと思います。
2023年4月から育休の取得率を公表することが1000人以上の企業で義務化されています。数字という面でも株主から見られていますし、全社で働き方改革をしている企業としていない企業では、育休取得日数に2倍近い開きがある状況です。ぜひライフスイッチの研修も取り組んでみてください。男性育休100%宣言も160社ぐらい集まっていますので、さらに宣言いただければと思います。
最後に、「うちはまだ意識に大きな課題がある」という場合は、研修をぜひ地道に行っていただけたらと思います。6月1日に、心理的安全性研修とライフスイッチ研修、働き方改革の研修、そして女性活躍研修、男性の父親学級的な研修を全部まとめて1時間半で圧縮して体験できる会があります。ぜひいろいろな研修を見た上で「うちにはこれが一番合いそうだな」というものを選んで実施していただけたらと思います。
今後もぜひ一緒に社会を変えていけたらと思います。ありがとうございました。
◎質疑応答
質問者1:仕事の属人化解消を進めたいのですが、社員の能力差があり、ペアを組みたくないという声が出てきます。どのような工夫をしたか教えてください。
小室:「ペアを組むと自分が損をする」という考え方になってしまうところに問題があると思いますが、これは評価に大きなポイントがあります。今までは、仕事をどれだけやったかが自分の評価になるので、「他人とペアを組まされて、仕事の時間がかかってしまったら自分の評価が下がる」と心配するわけですよね。
でも、もしも人を育成することが自分の成果を上げる以上に評価されるとしたらどうでしょうか。要するに、評価基準を変えていくことによって、人を育成することがモチベーションアップにつながるようになります。これをやらなければ、仕事ができない人はずっとできない人のまま、仕事ができる人にはいつも仕事のしわ寄せがくる……という状況がいつまで経っても変わりません。ぜひ評価基準を変えていただければと思います。
質問者2:男性育休を取得する本人に響く伝え方があれば、教えてください。
小室:今、産後の妻の死因の1位は自殺です。その大きな要因が産後うつなのですが、現在4人に1人の女性が産後うつにかかるといわれていて、産後うつはメカニズムがわかっています。出産の日に合わせて、出産に必要な女性ホルモンが妊娠中はずっと出ているわけですが、これが出産の日に一気に役割を終えてなくなります。このホルモンバランスの大きな崩れが、「赤ちゃんがかわいいと思えない」「自分が駄目な母親だと思う」「夫を激しく攻撃してしまう」というような産後うつの症状を引き起こすわけです。
でも、この時期に7時間寝ることができたら、産後うつは非常に早く改善していきます。7時間寝るには2時間おきの授乳を誰かと代わらなければいけないので、「夫が育休を取って明日の仕事がない」という状態にしておく必要があります。一定のまとまったお休みを取ることによって、夫が夜中の育児を順番に代わることができ、妻がしっかり7時間寝て産後うつから回復できるようになるだけでなく、今非常に増えている児童虐待も減るといわれています。
職場では、男性育休を「配偶者の尻に敷かれている」といった文脈でとらえられることがありますが、そういうことではなく、「妻と子ども2人分の命を救うための育休なんだよ」と言っていただくのがよいと思います。妻も自分が産後うつになるとは思っていませんから、弊社のプレパパ研修や父親学級を夫婦で一緒に受けていただき、「私、そういう状態になるんだ。じゃあ、あなたに育休を取ってもらいたい」と思ってもらうことも大事でしょう。
東京大学における人的資本経営における働き方改革とDE&I
松尾豊
◎東京大学工学系研究科の働き方改革
私は学生時代からずっと人工知能の研究をしています。2017 年に日本ディープラーニング協会を作って、2021年からは新しい資本主義実現会議のメンバーも務めています。
実は、3月23日に「東京大学工学系研究科の働き方改革の取り組み」について記者発表がありました。ワーク・ライフバランス社さんのサポートをいただきながら、東京大学工学系研究科の働き方改革を推進していくというものです。
その内容をご紹介しますと、「①ライフイベントの支援」では、ベビーシッターの派遣支援や家事代行サービスの派遣支援など、研究者・職員の方が働きやすいようにライフイベントに関わるところを支援していきます。研究室の業務というのは、例えば教員・教授が育休を取ることで、学生指導の継続が難しくなってしまいます。そこで「育休ライト」という制度を導入しています。これは、週に何日かだけ研究指導のコアの部分だけ行い、あとは免除するといった制度です。
「②DX及び共通プラットフォーム化の推進」は、研究者の研究時間を十分確保するために、いろいろな効率化を進めるというものです。そして「③会議の効率化および負担軽減」では、会議を昼間だけ、原則90分以内にしています。これでも普通の企業に比べると相当長いと思いますが、大学の会議は2時間が多いので、その時間を圧縮していく取り組みです。
2022年4月に「働き方改革アクションプラン」を出して、工学系の中でいろいろなことをやってきたのですが、その中で特別セミナーを行い、小室さんに話していただきました。そこから東大工学部の中でも機運が高まり、話が進んでいきました。工学系には20近くの専攻があるのですが、その中から3専攻が選ばれ、実際にコンサルティングを受けながら支援していただきました。
◎DE&I:東京大学の「メタバース工学部」の活動紹介
東大工学部では、2022年9月にメタバース工学部を作りました。場所、年齢、性別などに関係なく、すべての人々が最新の情報や工学の実践的なスキルを獲得して夢を実現できるような社会にしていこうという目的で、DE&I のコンセプトに基づいて東大の講義を幅広く提供していく試みです。
活動にはいくつかの柱があり、「①ジュニア工学教育プログラム」「②リスキリング工学教育プログラム」「③工学キャリア情報発信の充実」に分かれています。開校式28は実際にメタバース空間上で実施しましたが、普段の講義はオンライン・オフラインのこともあり、誰でも参加できるコンセプトになっています。
ジュニア工学教育プログラムの趣旨についてお話すると、今、東大の工学部に進学する女子学生は 10%と程度と少ない状況があります。これは東大全体と比較しても少ないですし、特に海外の工学系・理系の女子比率と比較すると非常に低いといえます。この理由について、工学部長の染谷先生がいろいろな高校などを回って高校生と話した中でわかってきたことのひとつがのが、女子生徒が東大の理Iを受けると言うと、「何で理Iなの?」と言われてしまい、そういった何気ない一言によって傷ついてしまうということです。
工学部にはどうしても「車の下に潜って油まみれになる」といったイメージがあり、正しく女子学生に伝わってないし、周りにも伝わっていません。そこで工学部の魅力を伝えていくために行うのが、ジュニア工学教育プログラムです。
主に中高生向けのいろいろな教育プログラムがあり、例えば「デザイン×工学」というのは工学の中でとても重要です。建築などではデザイン意匠の分野はとても有名で人気ですが、工学の分野でも実はデザインはとても大事なのにもかかわらず、そのことがあまり知られていません。「デザイン×工学」の講座には中高生の方々が1000人ぐらい集まります。特に女子生徒が7割を占め、とても興味があるということがわかります。
リスキリング講座は私がメインで担当しているものであり、東大内で社会的なニーズが高い講義を学外に出そうという趣旨です。私たちが行っている「グローバル消費インテリジェンス講座」というAI講座は、実は毎年受講生が指数関数的に増えており、昨年は1つの講義だけで2500人来てくださり、今年はおそらくその倍の5000人以上になる予定です。
その他にも、「アントレプレナーシップ」「次世代サイバーインフラ」「Python基礎」といろいろとありますが、この辺りは社会的ニーズが大きいので、社会人の方にも受講していただけるようにしています。以上がメタバース工学部の活動であり、こうした新しいことを東京大学も取り組んでいることがご理解いただけたと思います。
◎ChatGPTの進展で何が変わるのか
最後にAIの進展についてお話します。今ChatGPTが大きな話題になっていますが、こうした大規模言語モデルは非常に可能性のある技術で、今後、産業社会を様々な形で変えていくのではないかと思っています。
おそらくこれから、例えば中長期的には検索というものがなくなっていき、オフィスの製品は全部変わっていくと予想されます。要するに、人間が一言一句手で打つことがなくなり、「こんな感じで作って」と言うだけで資料が出てくるとか「ここを直しておいて」と言うと、ちゃんと直してくれるといったように変わってくると思います。
ほかにも、相手を元気づける、理解を助ける、要望を聞くなどいろいろな機能のものがが出てくるはずです。そう考えるとホワイトカラーの仕事の広範囲に影響があるのではないでしょうか。実際、オープンAIとペンシルバニア大が出した論文でも、米国の労働者の8割に影響があり、そのうち2割では半分以上のタスクに影響があるとしています。つまり、かなり壊滅的な影響があると予想されており、仕事の仕方がだいぶ変わってくるはずです。
小室さんのように、私も国の委員会などでいろいろと発言する機会をいただくことも多いのですが、日本の戦略として大規模言語モデルを自ら開発するということもありますし、APIを使っていろいろなサービスを日本国内で作っていくというのを絶対やるべきだと考えています。
一方で、非常に大事なのが、ユーザーとして活用を促進していくことです。個人としても組織としても、新しい技術をどんどん使って業務効率につなげていくことが大事です。昨日も横須賀市がChatGPT使うと発表していましたし、農水省や総務省といった各省庁でChatGPTを使って効率化するための検討が始まっています。AIのテクノロジー化に対して、こんなに早く日本が動くことはこれまであまりなかったので希望を感じています。
Chat GPTは言葉を入れると言葉で返ってくるので、企業の経営層の方や政治家の方にもわかりやすく使いやすいので、効果を実感しやすい特徴があります。また、リーダーの方は言葉で仕事をしているので、言葉33のテクノロジーに関しての理解の感度が高いと思っています。これをうまく使えば、デジタル化がなかなか進まず、業務効率が上がってなかったところも大きく変わってくる可能性があります。
大規模言語モデルの技術が一気に入ってくると、人間がやるべきところはどこなのか、機械やAIに任せるべきところはどこなのかを考え、業務を見直す必要が生じます。もっとも、業務が効率化・自動化されて暇になっても、また新しい無駄な仕事をたくさん見つけて大変なことになると意味がありません。テクノロジーをうまく使いながら、より創造的な仕事ができるような組織に変わっていく必要があります。その意味では、DE&Iの取り組み、多様性のある組織へ作り変えていく取り組みにも大きく関係しています。働き方改革でワーク・ライフバランスの向上につながるような組織にしていかないといけないと思います。
小室さんのリーダーシップによって、働き方改革の機運が盛り上がってきていますし、新しいAIの技術も進展している中で、大きな動きを作っていけるといいのではないかと思います。
◎質疑応答
質問1:大学の教育現場など、属人化の解消が難しい現場があります。その中で働き方改革をどのようにしたらよいでしょうか?
松尾:まず研究者は人生=研究という感じで、起きている間はずっと研究するタイプの人が多いんですね。個々人がそう思うのはいいのですが、やはりその働き方を周りに押し付けてはいけないし、いろいろな方が参画できるようにならないといけません。特に海外の研究所では、日本のようにブラックなところがなく、夕方になったら本当にあっという間にみんな帰りますし、週末は普通にバーベキューなどをしています。それでも、私はスタンフォード大学での2年間が人生の中で一番プロダクティブだったんです。それは、昼間働いている間に研究以外の雑務がほとんどなく、本当に大事なことに集中できたからです。会議時間を短くしていくとか、いろいろな仕組みで効率化していくことによって、少しずつ働き方改革が実現でき、同時に生産性も上がってくるのではないかと感じています。
質問2:属人化解消のハードルの中で、まさに松尾先生ご自身に代わりがいないということでもあると思うのですが、体調不良とか、何か突発のところについてはどのようにされていますか?
松尾:私自身はオン・オフではなく、研究モードと社交モードという名前をつけています。研究モードのときは、引きこもってもう誰にも会わないという時間が絶対必要です。週の中で何日かそういう日を決めていて、それらの日には基本的にはミーティングを入れないようにしています。一方で、社交モードのときはいくらでも入れてOKにしています。体調不良になったときには、それぞれの仕事でリーダーを決めていますので、その人が代わりにやってくれます。
質問3:松尾先生にとって現在の最大の取組課題は何でしょうか?
松尾:AIに関しては、やはり大規模言語モデルを日本としてどう取り組んでいくかが大変なところです。働き方改革やDE&Iに関しては、どんどん機運が盛り上がっていると思います。このままこれが当たり前になってくるといいなと思います。やはり、働き方改革に取り組んだほうが生産性は上がるし、業績も上がるという実感36があります。松尾研でも日本ディープラーニング協会でも、優秀な人を採用して、働き方もいろいろ自由に柔軟にして、きちんと制度を作っていった結果、女性が増えてきています。いい環境にしていくと、いろいろな方が参画できるようになってくるし、組織の生産性も上がります。そこを加速していけたらと思っています。
質問4:スタンフォード大学のお話がありましたが、雑務と無駄なコミュニケーションの解消の事例や、実際にご自身がどうされたかについて、お話いただけますでしょうか?
松尾:スタンフォードでまずびっくりしたのが、私がいた研究センターには「1000万円以下の研究費とか寄付は取らない」というルールがあったことです。「どうしてですか?」と聞いたら、「事務コストのほうが高くなるので」とのことでした。要するに、1000万以下の寄付をもらっても、手続きで1000万円のコストかかってしまったら全然意味がないということです。
研究者が研究費を取ると、それによって事務が雇用されるので、事務の方を含めてみんなで喜ぶんですね。逆に、研究費がなくなると事務の方も去っていくみたいな感じになるので、事務の方は「研究者の研究パフォーマンスを上げるために自分は何ができるか」をちゃんと考えるわけです。そういった目的が一貫していて、すごくわかりやすいと思いました。
あとは、2年間いて研究室の飲み会のようなものが2回だけでした。2年間で2回というのは、日本人の私からするとすごく寂しかったのですが。不必要に集わない・群れないところがあり、ミーティングも15分とか10分という具合に、非常に効率的だったと思います。
「現場と会社の対話と全社展開スキームで全社員が効果を実感」
新菱冷熱工業株式会社加藤生一
◎「働き方さわやかProject」に取り組んだきっかけ
新菱冷熱工業の働き方改革「働き方さわやかProject」の取り組みについてご紹介します。社内では通称「さわP」として定着しています。
最初に自己紹介をさせてください。加藤生一と申します。1980年に新菱冷熱に入社。以来25年間、建設現場で設備工事の施工管理の仕事に従事してきました。事務所ビル、工場、ホテルなど、多くの建物を経験する中で、残業大好き・長時間労働万歳のスタイルで仕事をしていました。ところが、2017年から働き方改革に取り組むようになりました。
新菱冷熱工業株式会社は1956年設立で、空調、電気、給排水衛生工事などの総合的な環境づくりを担う環境エンジニアリング企業です。グループ会社も含めた社員数は約5,3400名で、多くの社員が建設現場で施工管理の仕事に従事しています。
建設業における長時間労働は大きな課題であり、建設業で働きたいという若者は年々減っています。また、現在働かれている方も高齢化が進み、次世代の担い手が本当に不足している状況です。将来の担い手を確保するためにも、長時間労働の是正は必須です。
そして、働く魅力を向上させることも大事です。新菱冷熱では、①さわやかで風通しの良い、働きやすい職場、②誇り・やりがい・達成感・成長、③充実し、バランスのとれた仕事と生活、④限られた時間で最大限の成果を出す働き方。これらを「働き方のありたい姿」と定義し、まずは自分たちでできることから働き方を見直そうということで、働き方さわやかProject、「さわP」がスタートしました。
さわやか Project は当初、首都圏の仲間でスモールスタートしました。フェーズを重ねるごとに仲間を増やしていき、5 年目には海外・グループ会社を含む全社での取り組みに発展しました。思い返すと、フェーズ1の2017年は、何をすべきか全くわかっていませんでした。ワーク・ライフバランスのコンサルの皆さんから手とり足と取り教えていただき、「ああ、なるほどね」と腑に落ちてスタートしたことを記憶しています。最初から全社で一斉に取り組むのではなく、徐々に仲間を増やすという仕組みが良かったと感じています。
ただ、すぐに取り組みが浸透したわけではありません。働き方改革には特効薬がないので、過去に効果のあった取り組み事例からできそうなものを見つけて地道に実践してもらいました。そして「少し変わった?」「何か変わってきたよね」というちょっとした成功体験が活動の後押しになっていきました。
初めての取り組みですから、道に迷うチームもいますし、ギブアップしそうになるチームもいます。そんなときは、古株のメンバーがアドバイス役となって道案内をしました。大事なことは、どんな状況でもリーダーは絶対にあきらめないこと。あきらめたらそこで試合終了なんですね。
◎知恵と工夫で、働き方の見直し
改善事例をいくつかご紹介します。最初は管理職の意識改革です。働き方改革の推進には管理職の理解と後押しが必要ですから、意識改革が最も重要になります。さわやかProjectに取り組む前は、後ろ向きな考え方の幹部が多数いました。ただ、小室社長の講演を聞いた後はガラッと社内の雰囲気が変わり、まさに意識改革ができた瞬間だと思いました。今は管理職に向けた労務管理の実務研修といった教育を多く数行っています。管理職には、リーダーとして改革の先頭に立って旗を振ってもらいたいと考えています。
次は「仕事の見える化」です。技術のモデルチームが洗い出した課題の1つにコミュニケーション不足がありました。多くのプロセスが同時進行する建設現場では、隣の人がどんな仕事を担当しているかが見えにくいという課題があります。そこで、ホワイトボードを活用し、仕事の内容や期限の見える化に取り組みました。この方法は、仕事量の平準化などに大変効果がありました。
そして「仕事時間の自己分析」です。営業チームでは、1日どのように仕事をしているのかを分析し、理想のワークバランスに近づく工夫をしました。行動予定を活用したり、業務支援を可能にしたり、社内の書類整理や会議の開催時間を工夫したりして、営業本来の仕事であるお客様を訪問する時間を増やしました。この仕事時間の分析は技術部でも取り入れ、やはり効果がありました。
また、改善策をまとめたガイドラインを公開しています。さわやかProjectのフェーズ1からフェーズ4までの具体的な実施事例をガイドラインとしてまとめ、社内掲示板に載せるというものです。この中から、自分たちにもできそうなことを実践してもらっています。働き方改革に特効薬はありませんので、成功事例を真似することが近道です。TTP、つまり徹底的にパクる。二番煎じは大歓迎です。
私自身、「プロモーター」と称してさわやかProjectに携わってきましたが、地道なことを積み重ねて、活動を継続してもらうようにお願いしています。「こんなことをしてうまくいったチームがいたよ」と改善事例を教えるだけでいいんです。私たちは働き方改革のエキスパートではないので、自分が迷うこともありますが、過去の経験から最適なアドバイスができるようにしています。
そんな活動を続けてきた結果、おかげさまで社員の意識改革が進み、2015年から2021年の6年間で、有給休暇取得率が31.0ポイント向上しました。また、平均残業時間も12.3%削減できています。従業員の意識調査も行いましたが、好感度・満足度も向上しています。数字は決して大きくないかもしれませんが、社員全員が効果を実感できています。
◎働き方改革のハードルとどう向き合うか
ここまで聞いていただくと、「新菱冷熱の働き方改革ってすごくうまくいってるんじゃないの」と思われるかもしれません。しかし、実はそううまくいかない現実がたくさんあります。
まず働き方改革は生産性の向上が目的ですが、一気に解決できるツールはありません。6年も続けていると、やってもやっても変わらなくて、疲れたり飽きたりしてしまう社員もいます。また、仕事が好きで仕事ができる人たちの中には「仕事を取り上げないでほしい」「働き方改革だか何だか知らないけど、昔からのやり方は変えるつもりはない」という思いもあります。残業がまだまだ当たり前だと思っているベテランに、若い人たちはついていけません。
それから残念なことに、建設現場の現実があります。自分たちではどうにもできない外的な要因で「土曜に仕事しなきゃ間に合わない」ということもあります。また、管理書類が増えて、その要求度が高くなるなど、仕事量が年々増えている現状もあります。さらに、早く帰ったり休めたりするようになっても、「帰って何をするの?」「休んでどうするの?」と、家に居場所がないおじさんたちもいます。
働き方改革のプロジェクトを継続的に続けるのは実は難しいです。一時的に、お祭り感覚で盛り上がっても、旗振り役がしっかりしていないと、活動自体がしぼんでいってしまいます。改革が必要なのはわかってはいるけれども、やはり目の前の仕事が大切になりがちです。
長時間労働が改善されるのは嬉しいけれども、残業代が減ると困るという人もいます。一方で若い人は残業をしたくないし、休みはしっかりほしいと考えています。年齢によって考え方が逆では、職場がしっくりいきません。
◎トップダウンの「チャレンジ45」をスタート!
そこで始めたのが「チャレンジ45」です。さわやかProjectでは、臭いものには蓋をして、すぐにできることを改善してきました。ただ、これでは本当の改革にはなりません。ネガティブな意見についても、できない理由を洗い出し、オブラートに包まれている部分にメスを入れて改善策を導き出していく必要があります。その中では、会社の制度や規約を変えることを視野に入れています。「チャレンジ45」は、社員全員が月間・年間の残業時間に対する意識をしっかり持ち、目標に向けて行動するものであり、働き方さわやかProjectから一歩踏み込んだ新たな展開です。
チャレンジ45は、2021年から取り組みを開始しました。トライ1、2、3それぞれのステージで目標を決めています。ハードルが高くて難しい目標ですが、社員は頑張って意識高く取り組んでいます。
2024年4月には、改正労働基準法が建設業にも適用されます。今年一年はラストスパートするために、「トライ3キャンペーン」を展開しています。残業管理用のアプリを展開したり、社員の年間残業の予定を立案して管理したり、働き方改革についてご理解いただくためへの要望書をお客様に提出するなど、あの手この手で取り組んでいます。
働き方改革の全社展開スキームで見ると、さわやかProjectはボトムアップの取り組みです。全員の草の根運動で働き方を見直すいろいろなアイディアを発表し合い、データベース化して全社で共有し、徹底的にパクる運動です。そしてチャレンジ45はトップダウンの取り組みです。月次の残業時間を執行役員会で共有し、「なぜできないんだ」「どうしてなんだろう」ということを役員に考えてもらい、事業部長・支社長に改善を促す。そして、技術部長が本音の議論をして改善策を出していき、全社的、組織的な改善策を促すというスキームになっています。
このチャレンジ45の取り組みを社会にアピールするため、いろいろなことを考えました。バッジ、あるいはステッカーをパソコンや事務所の入口に貼ったり、名刺にもロゴを印刷したりしました。名刺交換のときのちょっとした話題やきっかけになってくれるといいかなと思っています。
◎設備工事業としての今後の課題
改正労働基準法の適用まであと1年です。社員の意識改革は進みましたが、労働時間の削減はまだまだ達成できていません。大きな課題として「工事期間が短い」「収入が減ってしまう」「業界の風土や慣習」「突発的な事象への対応」などがあります。これに対しては、お客様に要望書を提出して働き方改革についてご理解いただくようにアクションを起こしています。
今、魅力ある働きやすい会社へ変わらなければ未来はありません。新菱冷熱工業はあきらめることなく、「働き方さわやかProject」と「チャレンジ45」を展開していきます。そして業界が一体となり、協力しながら改革を推進できることを望んでいます。
以上、新菱冷熱の働き方さわやかProjectの取り組みのご紹介でした。ありがとうございました。
◎質疑応答
質問1:建設業に属する業種のため、働き方改革がなかなか進みません。業種による難しさはどのように解消したらよいでしょうか?
加藤:変化を実感したのは取り組みを始めて2年目、3年目だったと思います。仕事場・建設現場にいると、早く帰るとか休みを取るのはすごい罪悪感があって言い出しにくかったのですが、2年目、3年目になると、「歓迎するよ」という雰囲気になってきましました。建設現場は、自分の思う通りにならないところがありますが、「急な仕事はお断り」というお願いしたことで少しずつ変わっていきました。変化を体験することで、「やれば何とかなる」と感じられるようになってくると思います。
質問2:さわやかProjectにおける人事とプロモーターの役割分担はどのようになっているでしょうか?プロモーターとは技術部門の方でしょうか?
加藤:プロモーターは技術部門の人間です。現場の状況がよくわかっているので、現場のつらさもわかりますから、アドバイスがうまくできると思っています。事務局は人事のメンバーです。働き方改革の取り組みを、社内規程にしたり、上層部とのパイプ役としたり、大切な役目を担ってもらっています。
質問3:「仕事一番」の社員へのアプローチはありますか?働きたい症候群の方々へのアプローチは具体的にどのようにされたのでしょうか?
加藤:これは地道に膝詰めで話すしかありません。やはり「今の世の中の状況を見て、あなたはいいけれども、将来あなたの子どもや孫が建設業に入ったときに人が集まらない今の状況だと悲惨だよ」と。「だからあなたが変えていかなきゃいけない51んだよ」などとお話をした記憶があります。子どもやお孫さんの話をすると、考え方も変わるということがありました。
質問4:1社の取り組みではなく業界を巻き込んでいくために、業界や大手ゼネコンにお願いしたいことやアイディアがありましたらお聞かせください。
加藤:とにかく改正労働基準法の適用まで1年を切っていますから、今からでもいいので、「一緒にやりましょう」と声掛けをしていくしかありません。周りで聞いていると「いろいろと取り組んだけどやっぱりできなくて、もうあきらめた」という声も聞こえてきたりするのですが、リーダーが絶対にあきらめないで「一緒にやりましょう」という声掛けをしていくしかないと思っています。そうしていくことが、きっと成功につながると思います。