株式会社オンワードホールディングスは、2019年から弊社の「働き方改革コンサルディング」を導入。「働き方デザイン」プロジェクトとして取り組んでこられました。これまでの取り組みと成果について、オンワードホールディングスの保元道宣社長と当社代表小室淑恵の対談をダイジェストでご紹介します。
◎「働き方デザイン」で、長く続いた昭和カルチャーの働き方慣習を変えた
小室:保元さんと最初にお目にかかったのは、私が2018年夏に管理職向けの研修を行ったときでしたね。改めて2018年当時の課題を振り返っていただければと思います。
保元:当社は、昭和期に軍隊式の画一的なカルチャーで大きく成長した会社です。昔は「持っていけば売れる」の時代でしたから、店舗に1日何往復も商品を運んで納品していたとの話を聞いたことがあります。体力勝負の業務が多く、営業職に体育会系の社員がたくさんいることに合理性があったわけです。その強い成功体験による画一的なカルチャーが、私が入社した2006年にもまだ残っていました。
小室さんが初めて講演にいらした2018年も昭和のDNAを引きずっていたと思います。お客さまの価値観やライフスタイルは多様化し、多様なお客さまに向けた商品やサービスの企画力・提案力が求められるようになっていましたが、そういった変化に対応できるカルチャーではなかったんです。管理職は8割以上男性でしたね。
小室:私はアパレル業界と言えば女性が活躍しているイメージがあったので、管理職研修当日に、広い会場にずらっと並んだ紺一色の皆さんを見て「私の大好きなTOCCAや23区やグレースコンチネンタル、BEIGE,を作っている会社が、こんな軍隊みたいな男性一色で意思決定していただなんてガッカリしました」と保元さんに率直にフィードバックしたのを覚えています。そこから働き方デザインの取り組みをご一緒することになりましたね。
保元:あの時の厳しいフィードバックはよく覚えています(笑)。それまで自分たちでも働き方を変えたり、女性活躍を進めたり、自力で努力しているつもりでしたが、小さな変化と揺り戻しを繰り返してなかなか進みませんでした。思い切ってワーク・ライフバランス社のプロのコンサルを受けることにして、ご一緒したこの5年半で加速して取り組みが進みました。全社の残業時間は平均10時間台になりましたし、今年3月には女性執行役員が同時に2名誕生しました。中核事業会社であるオンワード樫山では、新卒採用者の3年以内の離職者ゼロ!という驚きの成果も出ています。会議のあり方一つとっても大きく変わりました。以前は、毎週月曜日の朝に関東一円から店長さんが全員集まって東京地区の営業会議を行っていましたが、今はオンライン会議です。
小室:かつての店長さんは日曜日も忙しくお店で働き、そのあと売上を締め、翌朝早く起きて、できたばかりの書類を持って本社に向かう。これは相当な負担だったと思いますし、育児を抱えている世代が店長になるのは無理と考える原因にもなっていましたよね。こうした長く続いた働き方の慣習を変えたことで、具体的に女性活躍もぐっと進んだわけですね。
また、定量的変化も大きく出ていらして、取り組み前の2018年に比べて残業時間は40%も減少し、コロナ禍で非常に苦しんだ営業利益はV字回復していますので、時間当たり生産性は飛躍的に上がり筋肉質の会社になったと言えますよね。そのあたりもぜひ後ほど詳しくきかせてください。
◎女性リーダーを対象にダイアログセッションを実施
小室:オンワードでは着実に働き方改革を進めたことで、それまで女性管理職候補が「今のような働き方の管理職にならば私はなりたくありません」と昇進昇格を望まない声もあがっていましたが、管理職をめざす意識がぐっと強くなりましたね。女性リーダー率にも変化が出ています。
「やはり時間外が出来ないと、責任ある職位は務まらない」という前提があると、評価をする側も仕事を任せる際に、時間に無理がきかない育児中の人には重要な仕事を振らない、役職に登用しない傾向が強くなってしまいます。そういった評価基準が以前のオンワードには無意識にありましたが、働き方を変えたことで「時間内にやりきる人こそ優秀!」という基準に切り替わっていきましたね。そしてついに、女性役員の登用に具体的な取り組みをすすめられたのですよね。
保元:お客さまの多様化するニーズに対応できる企業であるために、女性役員の登用は当たり前に進んでいなくてはいけない話だったのですが、それまで成功していませんでした。そこで、かなり前から小室さんにご相談していたのですが、2023年、ついに「ダイアログセッション」を開始しました。女性役員は登用がゴールではなく、登用後に女性役員がストレスなく活躍でき、実力を発揮できる環境をつくることが重要であると考え、役員と役員候補者の間で認識や価値観を共有する場を作るという目的で、初回は女性部長4人と社長である私が実施しました。初回のセッションで対象の女性部長4人と話をしたのですが、部長たちには迷いがあると感じました。
小室:何が迷いの原因だったのでしょうか。
保元:まず「保元さんはなぜ女性活躍を推進しようとしているのか」と問われました。世の中の流れに合わせなければいけないとか、体裁をつくるために本音でもないことを推進しているのではないか。そんなふうに疑われているのを、ひしひしと感じました。そこで私も女性活躍にかける思いを自分の言葉で繰り返し伝えました。
小室:なるほど。それを言いあえたのは、本当に本音のダイアログが出来た証拠ですね。日本の多くの経営者が気づいていないことは、「経営層が本質的な期待を伝えていないからこそ、女性たちに信じてもらえていない、能力を発揮してもらえていない」という事実です。「女性の側に昇進意欲がない」といった解釈をしてしまうことが多いのですが、女性たちは「女性役員をつくりましたよ」という体裁のための登用なのか、きちんと評価されての登用なのか。ここを鋭く見ています。
保元:おっしゃる通りです。女性部長からは「真剣に女性活躍に取り組もうとしていることは分かったけど、私が役員になったときに何を期待するんですか」とも聞かれました。役員になったらすごい成果や業績を期待されるというプレッシャーがあったようです。
それに対しては「男性も含めて、みんな100%成果を出しているわけではない。それよりも、とにかく元気に頑張ってほしいし、継続してほしい」という思いを伝えました。心身ともに疲弊して役員が務まらなくなったら、本人にとっても悲しいことですし、それによって女性活躍が後退してしまうのも会社にとってマイナスです。まずは元気に頑張ってほしいし、もちろん成果が出れば本人も会社もハッピーですから、それを粘り強く待とうという覚悟があることを伝えました。
小室:慌てずに待つというスタンスも非常に重要です。男性役員だって、成果が出ている期もあれば、いろんな外部要因で成果が出ない期もあります。両方の時期を見ながら総合的に評価していくわけですが、いざ女性が登用されたときには、「さぞかし優秀なんでしょうね」という目で見られがちです。成果を出さないと「だから女性は」と言われてしまう。そのプレッシャーが成果を出せない要因になるという負のスパイラルが生まれてしまうわけです。そんな中で、ダイアログを通じて「健康で頑張って。こちらは長期で捉えているし、しっかり支えていく覚悟があるよ」というメッセージを発信されたのは大きかったと思います。
◎オンワードの中核事業において女性役員を2名同時登用
保元:こうしたダイアログセッションの成果として、経営と役員候補者たちの距離が近くなり、2024年3月の人事改定でその4人のうち2人が同時に役員に昇格しました。辞令を伝えた際、2人とも「未来の後輩、女性で幹部になっていく人にいい背中を見せられるように頑張りたい」と話していました。この流れを確かなものにしたいという責任感が感じられたので、私の思いが伝わったのかなと思います。
小室:もうお2人の視点は、オンワードのさらなる女性活躍に貢献することに目が向いているのですね。お聞きして胸が熱くなります。
ダイアログセッションのファシリテーションをしている弊社の大塚万紀子から、保元さんが海外に出張するたびにその国の女性活躍の状況をキャッチされ、毎月のダイアログにフィードバックされていたと聞きました。
保元:他社・他国の女性役員の活躍には以前からアンテナを立てており、国内で他企業の経営者と話す際も積極的に情報交換をしています。2名の執行役員を登用したことをある企業で話したら、「うちの会社の女性役員を連れていくので一緒に話をする機会をつくりましょう」と言われました。そうやって当事者同士で教え合うことが勉強になると思います。
今回、2名からスタートしましたが、この先も努力して3割、約10人の役員をつくるところまで早期にもっていきたいと考えています。女性の幹部が3分の1くらいになれば、もっと多様な意見が出るはずです。
小室:私が今回の登用で感銘を受けたのは、女性役員が誕生した部門です。女性活躍に本気でない企業は、その企業の事業にとって中心でないところにだけ女性役員を増やしていきます。しかしオンワードではコアな組織である第一カンパニーに女性役員を登用したこと。また第一カンパニーにおいては女性リーダー比率が5割を実現しています。
さて役員における女性30%の達成時期は、どのあたりを想定していますか。
保元:2030年を一つの目安にしています。それだけの実力ある人財はしっかり育ってきていますので、毎年1人ずつ育成していけば2030年頃に達成できるはずです。
役員候補育成のための具体的な仕組みとして「メンター制度」を導入しました。現職役員が役員候補の女性のメンターになり、定期的に面談するもので、2022年度はメンター4名、メンティー2名でスタートしましたが、2023年度はメンター16名、メンティーも16名と拡大しています。
働き方デザインの効果が出ているので、子育てや介護などの事情があっても役員を担っていけると女性側の昇進昇格への意欲も上がっています。2030年には女性活躍という言葉を使う必要がない状態を実現していたいですね。
小室:「働き方デザインの効果が出ている」という点が重要なポイントですね。育児や介護で30代〜40代女性が力尽きてしまうような職場環境の問題を放置したまま、生き残った人を役職に引き上げるような方法を取っていると、早々に人材のストックがなくなってしまいますし、下の世代が「ああはなれない」と昇進意欲をむしろさげてしまいます。候補となる層が未来をポジティブにイメージできる働き方に変えていくことが、サステナブルな女性活躍の条件だと言えます。
◎生産性の向上が約1割の給料アップにつながった
小室:オンワードでは、働き方の変化が賃上げにもつながりましたね。先日のプレスリリース(*1)では、販売職の新卒社員の初任給を16%アップしたとのことでしたね!
(*1参考:株式会社オンワードホールディングスプレスリリース『人的資本投資を強化するため人事制度を改定~販売人財の年収10%アップ、初任給24万円(3.3万円アップ)を実現~』)
保元:ずっと実現したいと思ってきたことがついにできました。ワーク・ライフバランス社と一緒に進めてきた働き方デザインによって、残業時間の削減、勤務間インターバル制度の導入、女性活躍推進、男性育休の取得推進などが生産性の向上につながった結果だと思っています。
2024年度の人事制度改定で、販売職において約10%の昇給を行いました。そして2025年に入社する新卒から初任給を16%アップします。
小室:政府が掲げる賃上げですが、人手不足だから、とか政府が推進しているから、といって出来ることではなく、やはりここまで何年もかけてやってきた本質的な生産性向上があったからこそですよね。今年の株主総会資料にも人的資本投資について充実した内容が書かれていました。株主総会資料で、さらに輝いていたのが「男性育休の平均取得期間 4か月」でした。取得率のみ高めている企業はたくさんありますが、平均取得日数が数日だったりして、中身が伴っていない「取るだけ育休」はかえって逆効果だといわれる中でこの数字は素晴らしいですね。
保元:これはオンワードにおいて間違いなく大きな変化です。取り組み前の男性育休取得率は2018年度7.7%でしたが、2023年度は66.7%と10倍に伸びました。また、小室さんも注目してくださった平均取得日数は、2018年度7日間だったのですが、2023年度は138日間!4か月以上になりました。「働き方デザイン」プロジェクトの中で各職場で「カエル会議」を通じて実現してきたのは、単に残業を削減するということではなくて、誰が休んでも回る職場をつくる、そのために属人化していた仕事をお互いに共有して、育児や介護などの事情がある人以外も休めるような、一部の人にしわ寄せがいかない仕組みです。だからこそ男性が育休を取る際の「肩身の狭さ」のようなものが改善されていた。それが平均4か月以上という取得期間につながったと思いますね。夫婦で育児の立ち上げ時期をしっかり一緒に過ごせている様子が社内でも聞こえてきます。
◎コロナ禍の危機も乗り越え、業績V字回復
小室:ここまでおうかがいしてきて、人的資本投資のほぼ全ての項目で定量的な成果が出ていて素晴らしいですね。男性育休や女性管理職は定量的な変化が出るまでには何年もかかりますが、これだけ変化が出てきたのは、着手したタイミングの早さだけでなく、推進のブレのなさも大きかったと思います。またグラフで見ると、2020年のコロナ禍で店舗が閉鎖された危機を乗り越え、オンワードの業績はきれいにV字回復しています。何が業績につながったとお考えでしょうか。
保元:風通しの良さというか、本音でいろいろ話せるようになったことが一番大きいと思います。私たちがやっているのはお客さまを満足させる仕事であり、「どうすればお客さまが満足するのだろう」ということをみんなで話し、それを具体化していくことに尽きます。
働き方デザイン推進前のオンワードは風通しがよくないという実感がありました。多様化するお客さまのニーズに応えていくには、私達の組織そのものに多様性が必要であり、これまでのような画一的な組織では、今の時代を乗り越えられないという危機感が常にありましたが、経営の想いが全社に伝わるような心理的安全性がありませんでした。
小室:オンワードでは全役員で「心理的安全性研修」を受けましたね。保元さんご自身も研修受けられて「現場の人たちにエネルギーを与えられるようなコミュニケーション」を全役員で体得されたようですね。
保元:幹部の仕事の大半は、褒める、リスペクトすることなのだと学びました。自分たちは商品のデザインもできないし、販売をやっているわけでもない。だから現場の人に「つくってくださり、売ってくださり、ありがとうございます」という気持ちを伝えること、褒めるカルチャーを大切にする必要があるわけです。現在では、毎月約700店舗をオンラインでつないだ表彰式を行い、10店舗の店長に私自身が直接言葉を伝えるようにしています。かつての表彰式は半年に一度、優秀店舗の人を集めて褒めていましたが、毎月、約700店舗の店長が聞いている中で褒められるとモチベーションの上がり方が違います。また、優秀な成績をあげた店長には店舗での取り組みを発表してもらっていますが、幹部のお説教を聞くよりも実践的で勉強になるし、発表している人は誇らしい気持ちでワークエンゲージメントが上がります。
小室:昭和マインドの経営者は「働きがいを上げるには、やりたい仕事をとことんやれるのがいいだろ?時間に制限を入れずにやらせてあげたほうがいい」となりがちです。
オンワードでは、「自分の仕事を見てくれている人がいて、その人からフラットな関係で褒め言葉とフィードバックがもらえる」ことが働きがいを増やしていることがわかりました。
◎トップ自らテレワークも実践し、市場の変化に対応して勝ち続ける組織へ
小室:最後に、ここからさらに加速するポイントを教えてください。コロナの落ち着きと共に出社型に戻して、働き方の柔軟性が再び失われてきている企業も多いのですが、保元さんは率先して「17日間連続テレワーク」もチャレンジされていましたね。
保元:小室さんから「災害が起こったときなど、出社できなくなることもある。それでも経営が滞らない体制になっていますか?」というお話を聞き、危機管理の意味でも体験しておくべきだろうと思い、実践しました。最初はface to faceでないと指示の意味や熱意が伝わりづらいのではないかという思いがありましたが、実際にやってみてそうではないと確認できましたし、今はあまり本社にいなくても仕事ができると感じています。後戻りするのではなく、新しいやり方の中で、率直にコミュニケーションが取れる心理的安全性をさらに高めていくべきだと思っています。
お客さまだけでなく、社員においても多様性が増えていくと予想されるので、みんなを生かせるような組織づくりが課題になると考えています。今後はすべての幹部にメンターになってもらい、指揮命令系統とはまた違う斜めのコミュニケーションを取ることで、さらに風通しが良く、多様な人財が生き生きと働ける職場をつくっていきたいですね。
小室:ここまで、働き方改革、女性活躍、男性育休取得推進、11時間の勤務間インターバルの導入、心理的安全性といった包括的な取り組みをしてきたことが、「D&I AWARD 2023」において最高ランク「ベストワークプレイス」の認定につながりましたね。(*2)
(*2参考:株式会社オンワードホールディングスプレスリリース「D&I AWARD 2023」において最高ランク「ベストワークプレイス」に認定)
2024年からは医療や建設・運輸も労働時間の上限規制が始まり、人手不足はますます深刻化する中で、賃上げ合戦になり人材獲得競争はさらに熾烈化します。そういった中でもオンワードがさらに生産性を高め、優秀な人材を惹きつけ勝ち続けていくために、私たちも引き続きお手伝いしたいと思いますし、さらなる飛躍を期待しています。今日はありがとうございました。