Case Study

設備女子会×株式会社ワーク・ライフバランス 座談会

~建設業界に求められる働き方とは~ 設備女子会では、2022年10月24日に「働き方」をテーマに座談会を開催しました。働き方改革はどうあるべきか、仕事の楽しさとは何か、業界特有の問題点はどこにあるのか…。さまざまな観点から語り合った模様をお届けします。

設備女子写真①

▲設備女子会座談会参加者の集合写真

【参加者】(後列左から)

渡邊 美奈子(新日本空調株式会社 首都圏事業本部 リニューアル事業部 設計部 部長)
林  聡子 (株式会社大林組 設計本部 設備設計部 設備設計課 担当課長)
宇多 聡子 (株式会社三菱地所設計 電気設備設計部 R&D推進部 チーフエンジニア)
村瀨 澄江 (株式会社竹中工務店 東京本店 設計部 設備部門 設備8グループ シニアチーフエンジニア)

(前列左から)
佐川 美佳 (新菱冷熱工業株式会社 経営統括本部 人事部長)
宮坂 裕美子(株式会社日建設計 エンジニアリング部門 設備設計グループ ダイレクター)
司会:浜田 紗織(株式会社ワーク・ライフバランス 取締役)

自己紹介と仕事のコツ

  • 宮坂 裕美子(みやさか ゆみこ)

(一社)建築設備技術者協会 設備女子会長
株式会社日建設計 エンジニアリング部門 設備設計グループ ダイレクター

自己紹介

主に、病院や教育施設、オフィス等の空調・衛生設備の設計を行っています。ZEBやCNなど、設備設計業務の社会的責任と価値が高まる中、管理職として、忙しく仕事に取り組んでいる部員の労務管理にも取り組んでいます。

仕事のコツ

仕事の内容に併せて在宅と出社を組み合わせて、時間の効率化を図っています。To Doリストで一日の業務の内容にメリハリをつけることも意識しています。
また、子供が保育園に通っていた時はベビーシッター、今は週一で掃除をアウトソーシングすることにより、時間の捻出とストレス軽減を行っています。

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  • 宇多 聡子(うだ さとこ)

株式会社三菱地所設計 電気設備設計部/R&D推進部 チーフエンジニア

自己紹介

電気設備設計部にて、主にオフィスや商業施設、金融機関、放送局、学校等の電気設備の設計監理を行っています。オフィス運営委員として職場環境の改善を行ったり、部の教育担当として若手の教育方針の検討、その他、BIMの導入やファサードエンジニアリングとしての専門性を高める活動も行っています。

仕事のコツ

日中に自分以外の関係者への依頼事項、調整を行い、残業時間帯に一人でできる作業をするということを徹底しています。
忙しいときには、自分一人で抱え込まず、自分以外でもできることは周りの人にお願いする、ということも仕事上のコツだと思っています。困ったときに助け合える関係の構築は、この仕事をするうえで欠かせないものだと思っています。

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  • 林 聡子(はやし あきこ)

株式会社大林組 設計本部 設備設計部 設備設計課 担当課長

自己紹介

建設会社(ゼネコン)の設備設計部に所属し、集合住宅・事務所ビル等の設備設計業務に従事しています。
プライベートでは、2回育児休業取得し、現在も勤務を続けています。(子供は成人しています)
会社としては、働き方改革に積極的に取り組んでおり、eラーニングや啓発、働き方改革に取り組んでいる事務所の紹介など行っています。

仕事のコツ

1人で黙々と進める作業はテレワーク中心、担当物件の打合せは対面で、とシーンを切り替えることにより、効率UPを図っています。
仕事のスタンスは、勝間和代さんの提唱する「giveの3乗」に刺激され、知見を共有するという考えで進めています。
休日は、コロナ禍で旅行等はままならない状況ですので、ジョギングやアマチュアオーケストラでの演奏など、1時間~1日単位の活動で気分転換を図っています。

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  • 村瀨 澄江(むらせ すみえ)

株式会社竹中工務店 東京本店 設計部 設備部門 設備8グループ シニアチーフエンジニア

自己紹介

建設会社の設計部に30年以上所属し、近年は集合住宅を中心に設備設計を行っています。社内では昨年、施工も含めた「設備領域キャリア育成」ワーキングが自主活動として立ち上がり、私は中堅の女性たちとその上司たちとの仲立ちという立場で参画しています。ワーキングを通じて、若い女性が何に悩み何を考えているのか生の声を聞き、女性だけでなく男性も含めたこれからの働き方について、考えるようになりました。

仕事のコツ

子供がいない分、仕事に使える時間がママさんエンジニアよりも多く、残業も実は多めです。
業務をこなす上で留意しているのは、ストレスと上手に付き合うこと。仕事に追われてくるとどうしても余裕がなくなり、メリハリも付かなくなってくるので、習い事などをして強制的に気分転換できるようにしています。また、業務では、問題のある課題から手を付けるようにしています。簡単な課題から手を付けて弾みをつけることも多々ありますが、なるべく問題のある課題、揉めそうな課題に、早めに手を付けるよう努力しています。助けて!というメッセージと共に自分なりの答えを提示することで、複雑な問題も見える化され、皆と一緒に良い案を検討することができると思っています。課題の山崩しでストレスは軽減するのですが、怠け者の私は、自分を鼓舞して重い腰をあげさせるストレスと戦うことにはなってしまうのですが。

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  • 渡邊 美奈子(わたなべ みなこ)

新日本空調株式会社 首都圏事業本部 リニューアル事業部 設計部 部長

自己紹介

改修工事の設計・積算部門にて、部下の管理育成を行っています。また、社内の女性技術者が働きやすい環境作りを目指した技術系女子会の企画・運営、若手女性技術者への個別面談などに取り組んでいます。

仕事のコツ

■担当者のころ

抱えている案件と業務ボリューム、期限を書き出し、定期的に全体を見渡していました。期限に余裕があっても簡単に終わりそうな仕事は先に終わらせて、抱えている案件の数を減らし、精神的負担を軽くするようにしていました。

■管理職になって

管理職になってからは会議や打合せが多く、作業時間が限られるため、業務の優先順位を朝一番に確認し、組み立てるようにしています。また、その日までに終わらせなければならないことを「作業予定」としてスケジュール表へメモ書きし、タスク管理しています。

■全体として

仕事が切羽詰まっていても、頭の回転が鈍くなってきたと感じたら、思い切って休むようにしています。仕事を忘れるくらい没頭できることがあると、気分転換になります。

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  • 佐川 美佳(さがわ みか)

新菱冷熱工業株式会社 経営統括本部 人事部 人事部長

自己紹介

人事部として採用・教育・労務などに携わる中で、働き方改革も担当しています。働き方改革を進めるため、社内の風土醸成、業務の見直し推進、支援制度の導入に取り組んでいます。

仕事のコツ

仕事を効率的に進めるために、やらなくてはならない仕事をメモして、優先順にリスト化しています。頻繁にメモと優先順位を見直すことで、抜け漏れなく、業務が遅れないようにしています。朝が一番、頭が働いて仕事が進むので、一日の仕事を終えるときは必ず優先順位を見直しから帰宅するようにし、翌朝すぐに仕事に取りかかれるようにしています。

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  • 浜田紗織(はまだ さおり)

株式会社ワーク・ライフバランス 取締役
ワーク・ライフバランスコンサルタント

自己紹介 ワーク・ライフバランスコンサルタントとして組織風土改革、長時間勤務是正、心理的安全性などをテーマとした各種組織改革支援に取り組んでいます。建設業界の出身でもあり、土木学会建設マネジメント委員会2024年働き方改革委員として、会社の枠を超えたアクションにも挑戦中です。
プライベートでは三児の母。

仕事のコツ

たっぷり寝て遊ぶこと。仕事以外の生活が充実すると、睡眠がとれるから集中できる・自分の凝り固まった考えを客観視できる・人脈ができて知見が広がる・アイデアが浮かぶ…など、仕事にも良い効果を生むように感じています。子供と一緒にできることもたくさんありますし、なにより楽しんで生活を送ることで、仕事へのモチベーションも高まります。
時短や休職もブランクにしてしまってはもったいないので、ブラッシュアップのチャンスと捉えるようにしています。

設備女子会が目指しているもの

宮坂:日建設計の宮坂です。建築の総合設計事務所で、空調衛生関係の設計をしています。「ダイレクター」という名前ですが、いわゆる部長職をしています。

宇多:三菱地所設計の宇多です。私は電気設備設計・監理を担当していて、2022年度からチーフエンジニアという管理職になったばかりです。当社の設備グループの中では初の女性社員ということで、会社からも女性活躍の推進を期待されており、重責を感じながら日々働いています。

林 :大林組の設備設計の林です。私は宇多さんとは違って機械担当で、部門の中では集合住宅を中心に設計をしている部署にいます。役職は担当課長という立場になります。

村瀨:竹中工務店の村瀨です。私は建設会社で設備設計に携わって30年以上になります。社内には女性もだいぶ多くなってきていて、中堅の女性が「これからどうやって長く働いていけばいいか」と悩んでいる中、ワーキングが発足し、ワーキングの世話役を務めています。そこでもいろいろな課題を感じています。

渡邊:新日本空調の渡邊です。私は2021年度からリニューアル事業部の設計部長になり、改修工事の設計を管理しています。入社以来、設計のほうが長いですが、現場に出ていた時期もありました。時間外労働や現場の大変さは身にしみてわかっているので、何か改善の糸口が得られるといいなと考えています。

佐川:新菱冷熱工業の佐川です。当社では2016年からワーク・ライフバランス社の支援をいただき、働き方改革を進めてきました。建築業界では働き方改革がまだまだ進んでいないところがあるので、そこを打破していきたいという思いがあります。「1社だけで取り組んでも駄目」というのを強く感じていて、今回の座談会の企画を提案したときに、皆さんが面白いと感じて参加してくださったことを嬉しく感じています。

浜田:ワーク・ライフバランスの浜田です。私はもともと東急電鉄で土木の担当をしていました。発注者の仕事ではありますが、設計と施工に関わりながらキャリアを積んできました。私も20代の頃に現場に出て、大変さを感じてきたのですが、そのときに思ったのは、「自社は発注者なので、自分たちの働き方だけ整えることはできるかもしれない。でも、現場ではみんなで一緒にものをつくっていくわけだから、1社だけ良くしても仕方がない」ということです。
ただ、1つの会社にいる立場ではどうにもできないところがあり、業界の外から建設業界に貢献したいと考え、現在の仕事に就きました。今日の座談会の機会をいただいたことが大変ありがたく、会社の枠を超えて、発信していけたらと思っています。
それでは、早速ですが、まずは宮坂さんから、この企画に対する想いをお話いただけますでしょうか。

宮坂:設備女子会には、建築設備業界の中でもいろいろな業態・立場の人が集まっていて、自由にいろいろなことを言い合える場となっています。もともとは「結婚して子どもを産んでも働き続けられるのか」といった、女性ならではの悩みについて話題にすることが多かったのですが、現在は男性育休の取得も進んでおり、女性という枠組みを超えて、若い人たちがどうすれば仕事を続けていけるかが大きなテーマになっています。建築設備業界は慢性的な人手不足を抱える一方で、脱炭素化などの社会的ミッションに取り組まなければなりません。働き方改革をしっかり実現していかないと、働き手がいなくなってしまうことが危惧されます。今回は、私たちが抱えている悩みについて話し合いながら、何かのきっかけを得られれば良いと考えています。

宮坂様

働き方改革の必要性

浜田:まず「働き方改革」をテーマにお話ししたいと思います。働き方改革=時短とは限りません。ウェルビーイング的な観点もあるでしょうし、イノベーション、ダイバーシティといった観点に注目している方もいると思います。皆さんは、働き方改革にどんな必要性を感じていますか?

佐川:新菱冷熱工業では、自社の働き方のありたい姿を定めていて、その中で「誇り、やりがいにつなげていこう」とか「達成感、生産性の向上」といった言葉を掲げています。ただ、2024年の労働時間の上限規制適用まであとわずかとなった今では、「どうすれば長時間労働環境を改善して、労働時間の上限規制に対応できるか」という問題が大きなウエイトを占めています。これをクリアできるかどうかは、この先、働き続ける環境をつくるための重要なポイントになると思っています。

渡邊:新日本空調の働き方改革も法令規制が迫る中、「何のために残業を減らすのか」というよりも、「どうやって時間を減らせるか」に目が向いてしまうように感じることがあります。
今の若い男性は比較的家庭を重視する傾向にあって、「今日は子どもを迎えにいかないといけないので、早く帰ります」と普通に言ってきてくれます。これに対して、管理職世代の人たちは若いころに身を削って仕事をしてきた人が多いので、その価値観のギャップが大きいと感じています。女性はある程度家庭を重視しながら働いてきたので、女性の今までの働き方に男性が近づいてこないと、働き方改革はうまくいかないのではないかと思います。

宮坂:若い世代の人たちの多くがSDGsを意識して育っている中で、多様な働き方が成立しないような業界では見向きもされないですし、業界が廃れていってしまうという危機感もあります。渡邊さんが言っていたように、私と同じぐらいの年齢から上の人たちの意識が古いままなので、業界全体の意識改革が必要です。
意識改革のためには実態を発信して、それを会社や業界が吸い上げていかないといけないと思っています。

村瀨:建設業の仕事は1人1人の責任は重いですが、裁量の範囲が大きいところがすごく面白いところだと思います。自分の差配でいろんなことができて、そこに良さがあるはずなんですが、若い人がプレッシャーに負けてしまう側面もあります。また、どうしても仕事に時間を取られてしまうので、生活とのバランスが取りにくいという問題も無視できません。他の人と替えがきかないから、自分の仕事が終わるまで帰れないし、残業せざるを得ない。そういうところを根本から見直していかないと、残業時間は短くならないのではないかと思っています。
見直すにあたっては、若い人も中堅も、バブル世代の人も含めて、みんなでどうやって仕事をシェアしていくかを考える時期に来ているのかもしれないですね。

林 :会社では上限規制の施行が近づいてきて、現在は出勤簿登録を促すメールが頻繁に来るなど、新ルールへの対応が加速しています。
一方ソフト面では、例えばコミュニケーションがうまくいっていて、業績を上げている現場の事例を社内のe-ラーニングで共有するような取り組みを行っています。コミュニケーションがうまくいってない現場では、不具合や事故が起こるなどのマイナス面が出てきたので、会社としてそれを回避していこうという意図があると思います。

林様

なぜ新技術を取り入れてもうまくいかないのか

宇多:「働き方改革で残業を減らしていきましょう」というのはわかるんですが、時間を圧縮するための具体策として提示されているものが、表面的なものになっていると感じています。
例えば、コロナをきっかけに全員にノートパソコンを支給したことで、移動中も仕事ができるし、在宅勤務にも対応できるので、仕事の効率が上がるといわれています。いつでもどこでも仕事がついて回っており、逆にon/offの切替えが難しくなっている面もあります。あるいはBIMの導入拡大でさらなる効率化が期待されているわけですが、「ツールを与えれば、効率化に向かっていくはずだ」という会社の希望が先行していて、実際にどう改善されるのかに目が向いていないような気がしています。
新技術を取り入れる場合、最初は手間取るので、かえって時間を食ってしまうという現実があります。その現実をもう少し見て、経営層が話し合い、従業員に浸透させるための働きかけをしていかないと、本当の意味での効率化は難しいのではないでしょうか。
例えば現在、当社でもBIMの推進が行われています。BIMを用いることは、設計・施工・管理といった各業務フェーズのシームレス化や効率化を目的としたものですが、実際には、設計事務所と施工者は同じデータを用いることができずに、つくり直されているという状況があります。

佐川:本当はそんなに簡単じゃないんですけど、「データ化すればつながるはず」という理想を求めすぎてますよね。

村瀨:私たち建設会社は同じ会社の中に設計と施工の両方の部署がとありますが、そこでもすごくギャップが生じています。「設計図のとおりつくってください」と言っても、実際現場に入ると施工モジュールや手順の問題もあり、そんなに簡単にはできない。では施工の情報を盛り込んで設計図をつくろうとすると、設計の最初の工数がものすごく多くなってしまい、着工に間に合わない。結果として、今の仕組みのなかでは、設計と施工の各段階で、イチから作成してチェックすることになり、なかなかうまくつながらないというのが現実だと思います。

改善が進まない業界特有の構造

浜田:IT業界ではアジャイル設計が浸透していますよね。これまで、仕様を決めて設計して施工して、というウォーターフォール設計自体だったところから、短いサイクルで回していきながら検証していく方式に変わってきているのは、少し参考にすべきところがあるのかもしれません。

村瀨:建設の場合は、つくっては壊し、つくっては壊しというわけにいきませんし、つくるときは一発でつくらないといけないので、なかなか難しいところです。設計段階であれば可能ですが、繰り返す分、設計の工数がどんどん増えることになります。

浜田:ただ、各社とも、設計のあり方をもっと膨らませて考えることができれば、働き方が変わるんじゃないかという期待を持っていますよね。例えばフロントローディングをするために、それなりの人材を投じようとする動きが各社で見られるようになっています。
今までは「とにかく俺に任せればなんとかする」という実力者が工程の一番最後にひかえていたところを、なんとかして前のほうに持ってこられないかという相談を、最近よくいただきます。今の設計のリソースでフロントローディングをするのは難しいので、組織としてどう変えていくのかを議論していかないと、現場は変わっていきません。

宇多:海外での採用例が多いから、日本でもやらなきゃということでBIMが注目されてきたと思いますが、「海外と日本の設計と現場のあり方が同じなの?」という点をしっかり見て、「ここに違いがあるから、日本流ではこうやるのがいいんじゃないか」という議論が先にあってしかるべきだと思うんです。

宇多様

村瀨:海外はバラバラの会社が、バラバラにつくっているので、BIMを共有してみんなで見える化することが重要なのだと思いますが、日本の場合、他領域まで目を向けて「これが足りないね」と言いながら施工中に補って調整するので、文化が少し違うかもしれません。
当社では、10年近くフロントローディングに取り組んでいますが、早めに施工的な情報をもらって設計図に落とし込みたくても、施工側からすると基本設計図から施工情報を発想することは難しく、なかなか施工情報を盛り込めないという限界もあります。

浜田:私が第三者として感じているのは業界の構造上の問題です。発注者、設計者、施工者がいて、施工者の中でも重層構造になっているため、どこか1カ所を動かせば全体が動くわけでもないというのが業界特有の難しさだと思っています。
また「過去の成功体験の記憶が強い」というのも特徴です。高度経済成長期に成長した業界では、早く安く大量にというニーズに応えていく仕組みが徹底的につくられてきました。結果的に上意下達で、根性論に頼りがちな組織風土が形成されたわけですが、これがサスティナブルでないということはみんなが気付いています。構造上の問題と意識上の問題の両方を変えなければならないと考えています。

建築設備業界の仕事の面白さ

浜田:ここで目線を変えてお聞きしたいのが、仕事の面白さについてです。先ほど、村瀨さんから「裁量の大きさが面白さである」というお話も出ましたが、皆さんがどういうところに仕事の面白さを感じているのかをお聞きしたいと思います。

村瀨:社内の意見交換会の場で、人事の方から社内アンケート調査のお話を聞いたのですが、長期のキャリアビジョンができているか・いないかの違いは、一皮むける体験をしているかどうかで決まるのだそうです。
ちょっと苦しい仕事を我慢してやり遂げると、「よくやったね」と言ってもらえることもあるし、自分でも「やって良かった」と思える。それを一度体験すると、「もうちょっと頑張ろう」「次はこれをやろう」と思えるようになります。
若い男性にも男女関係なく、その経験ができなかった人はいると思いますが、女性の場合はその体験をする前に子どもを産むかどうかのタイムリミットを迎えてしまうという問題があります。
当社ではジョブローテーションという仕組みがあり、新人は施工と設計を2年ずつ経験することになっていますが、大学院を出て24歳で入社すると30歳近くまで見習い期間で終わってしまいます。キャリアの先が見えない中で、女性は出産などのライフイベントも考えないといけないので、前出のワーキングの中でも「ジョブローテーションを見直してもらえないか」という意見が結構上がっていました。ゼネコンを志望する女性はマインドも高く持続させたい人も多いので、そのためにどういうやり方が良いのか模索しています。

林 :仕事の面白さは、発注者に喜ばれることにもありますが、自分の中で「うまくいった」「よくできた」という成功体験が面白さにつながっていると思います。設備単独で建物をつくることはできず、意匠、構造、社内のコラボが必要なので、うまくコミュニケーションできて、お互いが目指すところにいけたときに成功体験が得られます。逆に成功体験を経験せず、会社の先輩が残業をしているのを見て「将来の希望が持てなくなった」と言って、やめてしまう若手がいるのが残念です。

浜田:「一皮むける体験」は、長時間残業をしないとできないわけではないですし、他者との関わりを持って、フィードバックをもらっていく中でできることもあると思います。お二人のお話を聞いて、仕事の面白さを感じることと、2024年に向けた対応は両立していけるのではないかと感じます。

村瀨:林さんの話で、コミュニケーションのe-ラーニングをされたというのが面白いなと思いました。コミュニケーションを良くすることで仕事の効率が良くなったり、仕事の面白さを感じたりできるというのは重要な視点ですね。

渡邊:今、成功体験のお話がありましたが、逆に今は失敗することが許されない状況になっていて、先輩や上司から言われるがまま仕事をしているところに問題があります。本来は失敗経験を次に生かすことで小さな成功が積みあがっていくわけですが、今は失敗する手前で全部正しい回答へ修正します。上司が腹をくくって、「君に任せる。失敗してもいいから、やってこい」というのができるといいのですが……。
私が若い人の仕事をチェックしていると、「設計事務所がこれでやってくれって言いました」と言う人がいます。「そうじゃなくて、あなたはどう考えたの?」と聞くと、ポカーンとしてしまう。仕事に自分の考えが入ってこないのです。特に、最近はいろんな結果が自動計算で出るようになっているので、仕組みがわからないまま成長している若い人が多いですね。

宇多:仕組みがわからないままだと単純な入力ミスで変な数字になっていても、「どういう数字が出そうか」という想像もしてないので、そのままいってしまうことがある。そういうのは怖いところです。計算書などは、上司がすべてチェックする時間もないですし。

浜田:「もう危ないから君にやらせられない。考えるな」ということになると、本質からどんどんずれてしまう。今までとは違うマネジメントをしていかないといけないですね。

すでにある仕事を「やめてみる」

渡邊:一人前の技術者とは何だろう、と考えることがあります。残業時間を減らそうとすると、どうしても分業化が必要になってくるわけですが、一部の要素だけできればそれでいいのかというとそれも違う気がするし、一部しかできない人ばかりでも会社は成り立たないので、そこはずっと頭を悩ませています。

村瀨:難しいですよね。残業を減らせということで、勉強する時間もなくなっています。短い時間でとにかく結果だけ出せと言われるから、表面的なところで終わらせることになってしまいます。

村瀬様

浜田:国のある整備局でコンサルティングをした経験があるのですが、役所の技術部門なので、図面を書くことがありますよね。担当者が図面を書くと、係長が赤入れをして戻す。それを直して、今度は課長補佐に出す。また戻されて、直して、課長に出す。その結果「課長の修正を反映したら、もともとの自分のやつだった」みたいなことが起きていました。
でも、上司側には「自分たちはこの赤入れをされてきたことで技術力が身についたし、広い視野を身につけてきたんだ。だからこの赤入れは愛なんだ」という揺るがない信念がありました。当初は「愛ある差し戻しだから、このやり方は変えられない」とおっしゃっていましたが、「本当にそうなんでしょうか」と申し上げて議論をしていきました。
最終的にたどり着いたのは、決裁と育成をいったん切り分けるという結論でした。決裁はとにかくスピーディにする一方で、図面に落としてから育成したのでは遅いので、もっと手前で育成していく方式に変えることになりました。大事にしたいポイントと何の機能を果たせばいいのかを要件定義して分けていくことで、超勤の80パーセント削減につながりました。各社の中で良かれと思って作り上げてきたものをいったん壊してみる、やめてみることが一つの方法だと思います。

宇多:確かに「新しく加えていこう」というのはあるんですけど、「これをやめましょう」というのがすごく少ないですね。人員は増えていないのに、新たなものが出現したら加えていく一方なので、負担が増えている現実があります。

渡邊:チェックリストも、何か間違いがあると1個ずつ増えていって、チェックリストの確認に時間がかかり、何のためのチェックリストかわからなくなることが多いですね。ここを見直す動きは社内で出てきています。

業界全体を動かすためにできること

宇多:経営層は、中堅から若手までの様子をそこまで認識し辛いと思うんです。現場の状況を伝える役割を担っているのは、ようやく管理職になったくらいの、私のような年代の人たちです。でも、自分に与えられた仕事だけでパンパンで、上と交渉したり問題を提起したりする時間がなく、意欲も湧きづらい状況です。
建築設計事務は人材が全てです。特に層の厚い中堅社員が、この会社を背負っていこうという前向きな気持ちを抱けることが、「仕事のやり方」「会社の良さ」を脈々と継承していく上でとても大事だと考えています。企業の成長という点でも大切なのではないでしょうか。

村瀨:当社では、設備領域の設計と施工のグループリーダー同士が意見を出し合う場があるのですが、例えば先日は、もっと効率的に業務を行うために、設計でやるべき仕事、施工に入ってからもできる仕事をきちんと選別して、作業分担すべきじゃないかという議論をしていました。身近なことから中堅の意見を聞いて、それなりの立場の人たちが横連携で意見交換するのは、すごく意味があると思います。

浜田:佐川さんは横連携に取り組まれていると思いますが、いかがですか。

佐川:社内の各部署で「うちではこれをやってうまくいった」という情報を交換し合い、誰でも見られるようにしています。例えば、現場の事務所がとても狭い面積しかいただけないときがあるんですけど、これを改善するために、「見積の段階で1人あたりの必要面積を示すことで適切な事務所面積を確保し、きちんと仕事ができる環境を整えましょう」といった交渉の仕方などを共有してきました。
ただ、こうした活動もそろそろ限界には来ているのを感じています。デジタル化とか「作業の見える化ボード」の活用など、自分たちでできることはある程度やってきて、それでもどうにもならないところまできているとしたら、最終的に行き着くのは、業界の慣習・風土の問題です。そこに壁があるのは最初からわかっていましたが、いったん「自分ができるところからやりましょう」ということでスタートして、いよいよそこに手をつけないと抜本的に進まないという問題に直面しているわけです。
これが本当に難しくて、どういうふうに理解を得て、活動を広げていけばいいのか、分からないのです。発注者の理解が得られたり、国交省が後押ししてくれたりするところまでいけば、若い人たちに「失敗してもいいよ」と言ってあげられるような環境づくりにもつながると思うんですけど……。

佐川様

浜田:私たちが建設コンサルタント業のパシフィックコンサルタンツさんのコンサルティングに入ったときにも、自分たちでいろいろな取り組みをしましたが、どうしても年度末の山が大きすぎるので、一緒に国交省に「年度末に工期が多いのをなんとかしてくれませんか」と言いに行くアクションを起こしたことがあります。
そうしたら国交省側でも「それは受け入れて考えていきたい」と言ってくださったんです。なぜかというと、国交省でも竣工検査する側の忙しさが原因で、特にキャリア官僚を志望する優秀な学生が国交省を選ばなくなっているという問題を抱えていて、お互いに危機感を共有したからです。先日、北陸道路調整会議に出席した際にも「場合によっては3月工期を延長してもいい。そのために予算取りを柔軟にやる覚悟があるよ」とおっしゃっていたので、これは大きな変化だと感じました。発注者側にも要望が届きつつあるところは、ポジティブな兆候だと思います。
一方で民間の発注については、なかなか難しいと感じています。例えば土木学会の建設マネジメント委員会の中で、発注者と設計者と施工者が集まって働き方の問題を議論しようとしているのですが、とにかく施工者や設計者のボリュームが大きく、民間の発注者に席についていただくのが難しい。ただ、断られる会社も結構ある中で、席についてくださった会社もあり、少しずつ議論が始まっている段階です。
私が、こういった話し合いの場で力になってくださると思うのは、大学の先生など、フラットな立場で研究を進められている立場の方です。こういった方たちは、「従来の業界の仕組みは分かるけど、このままではうまくいかないでしょ」と言ってくださるので、フラットな第三者に参加していただくというのは、一つの手法だと思っています。

設備女子写真③

どうすれば業界の商習慣は変わるのか

宇多:設計段階だけでなく、現場で施工図を書いて、もう少しで工事に着手するというタイミングで、発注者から「なんとかこれ、変えられませんか?」といわれたら断りづらいという問題があります。
それによって、みんなが気力・体力ともに奪われていますし、何回も繰り返されると、「何のためにやってたんだっけ?」みたいな気持ちにもなります。もともと手書きで設計図を書いていた時代からCAD製図が通常化して、「データをちょっといじれば、簡単に変更できる」という便利さがあだになっているわけです。
時代の流れに対応して最新の技術を取り入れたいとか、大災害に備えてBCPを盛り込みたいというニーズはわかるんですけど、業界全体で設計変更に対するハードルをもう少し見直す動きができたらいいなと思っています。

村瀨:海外では、設計変更したらお金がかかる仕組みなんですよね。だから、よほどの条件変更がないかぎり設計変更をしない。逆にいうと、私たちは設計変更に慣れているので、設計で決めたことをやっぱり後から変えたくなるという甘えがある。受ける側も、フェーズに合った答えを出して責任を取っていかないといけないと思います。

渡邊:以前は、設計変更は現場で対応できていましたが、最近の特に首都圏で規模が大きい案件の場合、現場だけでは対応し切れず、現場に渡した後も設計部が常に関与していかないと手に負えないケースが多いです。
先ほど宇多さんがおっしゃったとおり、CADになってから「建築図をピッと差し替えて修正すればいいでしょ?」という感じで、簡単に直せる気分になってきたかな。私が入社したときは、まだ手書きの図面が残っている時代で、一度図面を書いたらそうそう直せないという思いがあったので、今ほど変更をした記憶がないですね。便利な世の中になったおかげで、別のところにすごいしわ寄せが来ているわけです。
日本の建設業には、「お客様の言うことをなるべくかなえてあげよう」という姿勢があると思いますが、それだけを限度なくやっていると疲弊してしまい、若い人がついていけずに辞めるという悪循環に陥ります。変更回数に制限を設けるとか、何か策があればいいのですが。

渡辺様

宮坂:設計変更について、設計期間の延長や設計フィーの追加を交渉するのはアリだと思いますが、それ以前の話として、意匠と設備と構造間での設計不整合による差し替えが多発している実態があるので、まずはそれを改善しないといけません。お客さんに要求する以前に、実は自分たちもできていないということがあると思います。

宇多:みんなが「どうせ変えられるから」と、ゆるい感じでやっているし、期限を守って一生懸命やっている人が虚しさを感じてしまう傾向があります。

宮坂:なあなあになっているところがあるかもしれませんね。

浜田:なあなあにしないための仕組みが必要なのかもしれません。
女性活躍推進法の法律ができたときに、多くの企業に効果があったのは、「女性の活躍見える化サイト」という仕組みです。これは、各社にどれぐらい女性管理職がいて、平均残業時間はどれぐらいで、男女の勤続年数の差はどれぐらいで、役員には何人女性がいるというのを見える化するサイトです。これによって、学生が就職先を探すとき、「この会社にはガラスの天井があるらしいから、やめておこう」となったわけです。
例えば、「設計変更見える化サイト」のようなものを作って、「この発注者はこんなに何回も変更をしてきている」という発注側のアクションを見える化する仕組みがあればいいのかもしれません。

佐川:多くの企業が連携して進める建設プロジェクトでは、どの会社もお客様に対して「うちの会社だけは変更を受け付けません」などとは言えない状況にあるので、大学の先生に議論に参加してもらうのは第三者視点が入るのでとてもいいなと思いました。
今、変えていかなくちゃいけないのは、建設業の風土と文化と商慣習みたいなものだと思うんです。それがとても大きな壁となっています。
学生を送り出す先生側が、学生の意見や先生の意見、例えば「業界の魅力を高めていかないといけない」というような意見があればそれを発信していただければ、それなりの影響力がありそうです。

浜田:業界に対して明確にNOと言っている若者にも期待したいと思いますし、その気持ちに応えるメンバーが、実は業界の中にもいるんだよというところも伝えていきたいですね。

座談会をやってみて思ったこと

浜田:では、最後に皆さんからメッセージをお願いします。

宮坂:建築設備業界は社会的なミッションを抱えていて、非常に価値ある仕事を担っており、業界全体が活性化していかないといけません。これまでも、いろんな場で学生に対して業界の魅力を伝えてきましたし、これからも続けないといけないと思っています。
若い世代が長く働き続けられるような環境をつくるためには、国を含め、他の企業との連携が必要であるという発信をして、それを共通認識にしなくてはならないと再確認しました。

宇多:宇多:すぐに解決できないことばかりですけど、まずは声を大にして自分の言えるところから言っていくことが大事だと思います。ひとくくりに「若手」といっても、コミュニケーションを取るのが得意な人もいれば、コミュニケーションは苦手だけど1人でコツコツと仕事に取り組める人もいます。
今は、そういった特性を認めていかなければいけない時代になっているので、若手の声を聞きながら、それぞれの想いをすくい上げて、自分自身が消化してどんどん発言していきたい。そうすれば、その声を上の人に拾い上げてもらったり、自分たちでネットワークをつくって変えていったりする動きにもつながっていくと思います。

林 :この座談会で皆さんのお話聞いて、今までのやり方でやろうとしてもうまくいかないということが、よくわかりました。と同時に、ちょっと疑問に思ったこととか、「こういうふうにやったらいいのでは?」という切り口を考えていけば、もっと良くなるという期待も持てました。

村瀨:私たちの手には負えないぐらいの大きな壁もあるということを、あらためて実感しました。
ただ社内では、中堅の人たちから、自分たちが働き続けるための改善策を模索する会社に訴える草の根的な運動が出てきているので、そういう動きを大切にしていきたいです。

渡邊:課題は山積みですが、できることをやるしかありません。皆さんのお話を聞きながら、「若い人たちが言ってこないから何もしない」ではなくて、上司側から話を聞きにいくという動きを作っていけたらいいなと思いました。

佐川:会社の中での取り組みをとにかく継続して、少しでも課題を洗い出して、何か次のアクションに続けていきたいと思っていますが、具体的な手が見つけられないというところで悩んでいました。今日のお話を聞いて、少しヒントをいただいた気がするので、何ができるかを考えてみたいと思います。

浜田:皆さんは実務にも詳しいし、マネジメントも現役でやっているというところが大きな強みだと思いました。上位層だけで話していると、現場の最新の状況がわからなかったりしますし、若手だけで話しているとマネジメントの目線が抜けたりもします。実務とマネジメントの両面でお話しいただける場は貴重であり、切り口としても響くと思いました。今日のお話は、若手にもイメージがしやすく、上位層にも届きやすい内容だったので、これからもぜひ具体的な活動を発信していただきたいと思います。

宮坂:われわれだけで何ができるのかという心配がありましたが、ここでいろいろなリアルな現状を共有することで勇気が湧きました。この機会を発信し、大きな波をつくるきっかけとなればと期待しています。今日はありがとうございました。

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