三菱地所プロパティマネジメント株式会社様
社長の強い想いが幹部にも社員にも伝わり、最良の成果を実現
効率化で削減できた残業代1億8600万円は「全額」社員に還元!
丸の内ビルディングや横浜ランドマークタワーなど、首都圏・全国主要都市の大型オフィスビル、商業施設の総合的な運営・管理サービスを行う三菱地所プロパティマネジメント株式会社。2014年に三菱地所グループの同業種2社が合併。業態・業務こそ共通しているものの、実務の進め方は部署や担当物件によって異なるため、2社のよいところを残しながら「理想とする効率的な業務手法や働き方」を実現することが急務でした。弊社との二人三脚でめざましい成果を挙げている同社の取り組みをご紹介します。
長時間労働が是正されると給与が減る・・・というジレンマを前に
どんな業界・業種であれ、働き方を改革していけば「長時間労働体質」が是正されていきます。それは絶対的に必要で当たり前の変化なのですが、その過程で多かれ少なかれ出てくるのが「頑張って効率化を図り、残業が削減すればするほど給料が減ってしまう」というジレンマです。
そんな声に対し、三菱地所プロパティマネジメント株式会社(以下MJPM。2019年4月時点の従業員数1137名)では「削減した残業代は、全額社員に還元する」と宣言しました。その宣言はしっかりと実行に移され、2016年、全社平均で16%の削減(2015年度対比)に成功した残業時間代 約8000万円全額を、翌年の夏冬の賞与に上乗せして社員に還元したのです。
社員への残業時間代削減分全額還元の取り組みは現在も継続されており、2018年度には1億8600万円を、2017年度と2015年度対比での残業時間代削減額として、固定残業代や賞与等のかたちで全額社員へ還元しています。
もちろん、同社で見られた成果は「残業削減」という一面だけではありません。合併後の全体的な足並みをいかにそろえていくかという課題もありましたし、もともと物件受託に合わせた人事異動や中途採用等も頻繁にあるためチームワークのさらなる強化も目指していました。そうした中で、働き方改革を全社的に進めていくきっかけを作ったのは、当時の代表取締役社長・千葉 太さん(現在は三菱地所株式会社代表執行役 執行役専務)の決断でした。
“人口オーナス山に飛び移る決意”を力強く語った社長の意気込み
千葉さんは、2015年、三菱地所グループの全経営者が集まる会議にて弊社・小室淑恵の講演を耳にされ、その直後にコンサルティングをご依頼いただきました。「売上日本一のプロパティマネジメント会社を目標としているが、それが実現できたとしても、社員が疲弊してしまったら意味がないし、健全な発展は見込めない」と強く懸念されていたのです。
弊社のコンサルティングがスタートして、まずは全管理職向けに研修を行いました。その冒頭で、千葉さんが「私は“人口オーナス山”に飛び移る決意をしました」と力強くスピーチされ、本気度を明確に伝えられたのが非常に印象的でした。
トライアルチーム4組それぞれが実践した改善点とその結果
取り組みを実際に行っていくトライアルチームには、日本のビジネス街の中枢である大手町や丸の内の物件を担当するユニットを含んだ4チームを選出しました。
各チームで何度も“カエル会議”を繰り返し、残業は「事前申請制」を徹底させました。退社時刻にアラームを鳴らしたり「定時退社強化週間の設定」を行ったりしたチームや、静かすぎる執務環境から気軽な声かけや挨拶をしにくいという問題を改善するために部内BGMをかけたチーム、打ち合わせ机に砂時計を設置して残り時間を意識しながら議論したチームなど、トライ&エラーを繰り返しながら、着実に改善を進めていきました。
全員が月1回以上の有休を取得できるようにメンバーの休暇予定を掲示したチームでは、休みを「取っていい」ではなく「取るのが当たり前」の雰囲気が生まれました。
また、全社での導入を計画していたフレックスタイム制度を試験的に導入したチームでは、それまで始業時刻にいったん出社はするもののすぐに外出時間になり非効率なことが多かった営業職が、客先に直行できるようになって業務が効率化。残業時間も大きく減少しました。あるケースでは1日に3時間15分の時間削減に成功し、プライベートにも余裕が生まれました。
また営業職に限らず事務職もフレックスタイム制度を試すことで、丸の内の通勤ラッシュに巻き込まれることなく通勤でき、心に余裕が生まれたり、少し早く退社して病院に行けるようになったため待ち時間が削減できたりという効果もありました。
トライアルチームが会社のルールに縛られすぎないよう「特区」のように扱ったことで、さまざまな取り組みにチャレンジしてくださいました。
直行・直帰とフレックスを併用することで無駄な時間を削減(営業職の場合)
成功事例だけでなく、失敗例からも積極的に学ぶには?
一方で、成功したチームの表面的な手法だけを真似して、取り組みが行き詰まりかけたこともあります。たとえば、「“朝メール・夜メール”の補足として“夕礼”を導入したら、仕事の見える化が進み、チームワークがよくなった」という事例がありました。
これは、「各人の仕事が共有されることで、助け合って効率よく働けるようになる」ところがポイントなのですが、「夕礼をすると、すぐに残業が減るらしい」と本質を押さえないままに取り入れたチームでは、取り組みが形骸化してしまったのです。責任感が強く、残業削減に熱心なリーダーほど焦り過ぎてしまい、「あの事例を取り入れよう」と指示してしまうことがありますが、メンバーが自ら考えて実行しなければ、かえって残業を増やしてしまうことになるので要注意です。
あるチームからは、「効率的に頑張れば頑張るほど残業代が減り、給料が下がる」という不満も出てきました。今回の取り組みは会社から全社員に発信した「全社プロジェクト」であったはずです。しかし、集中的に働き方改革に取り組んでいたトライアルチーム4組とそれ以外の部署とでは、どうしても温度差がありました。
その結果、工夫せずに効率悪く残業をした部署のほうが給料が高い、という理不尽な状態になってしまい、働き方改革へのモチベーションが保てなくなった社員もいました。
社長と社員が自由に意見を交換し、改革をさらに進めていく
そんな頃注目されたのが、社長と自由に意見交換できる少人数ランチ会です。それまでは有志が参加していましたが、トライアルチームにも積極的に参加してもらうこととし、その場で、社長が自ら社員の不安や不満に耳を傾けたり、働き方改革に対する思いを伝えたりして、地道な活動を行っていきました。
会社の方針として示していた「削減した残業代は社員に還元する」という意向が、社員にはうまく伝わっていないことなどもわかってきました。
同社の事例に限らず、経営トップの言葉は、階層を経るごとに少しずつ変化していくことがよくあります。「こういう方法を試してみたら?」と社長がアドバイスのつもりで発した言葉が、下に行くにつれ「社長がこうしろと言っている」と誤変換され、現場には正確に伝わらないのです。「社長は現場のことも分からず、むやみに仕事を増やす存在だ」と感じてしまう社員も少なくないでしょう。
そういうこともあり、トップが「残業を削減しなさい」というメッセージを発信すると、「仕事はどんどん増やすのに、残業を減らせ(=給料は減らす)だなんて」と社員は不満を募らせることが少なからずあるのです。
同社では、社長と社員がざっくばらんに話すことで、「社員と会社の未来のために働き方改革に取り組むのだ」という社長の熱意が社員に率直に伝わり、改革を勢いづけることができました。社長のほうも「やはり金銭面でのインセンティブがないと取り組みは行き詰まるのだ」と実感するきっかけとなり、削減した残業代を「全額」還元する施策に踏み切ることができたのです。
多くの企業のコンサルティングをしている私たちが実感するのは、「事務局の重要な役割のひとつは、トップと現場がざっくばらんに意見交換できる場を設定することと、トップと現場の信頼関係を構築すること」という点です。
同社でも、その後トライアルチームの成果は目に見えて加速していき、それを見た他の部署からも「もっと本格的に取り組みたい。ノウハウを教えてほしい」という声が増えていきました。
頑張った部署を表彰する制度を創設し、1人につき6万円の報奨金を支給
こうして、同社は中期経営計画に掲げた業績目標を前倒しで達成しながら、残業時間は全社平均で前年度から16%も削減することができました。また、月間残業時間が前年比63%減を達成したチームもありました。
所定外労働時間の推移
さらに、より熱心に取り組んだ部署を手厚く優遇するために、「ワークスタイルチャレンジ」表彰制度を創設し、「月平均残業時間が20時間以内、有休取得率が80%以上」かつ「年間平均残業60時間超えや有休取得60%以下のメンバーがいない」という部門には、メンバーに1人当たり最高6万円の報奨金を支給することを決定しました。
個人ではなく、部門一丸となって取り組むことへの表彰・インセンティブを設計した点が非常に秀逸です。
会社一丸となって進める「業務の断捨離」
MJPMの働き方改革が一定の成果を上げ、次のステップへつなげる重要な時期に新たに社長に就任したのが、現社長の川端良三さんです。
トップが変わると方針が変わり、今まで積み上げたものがなし崩しになってしまうという話はよく耳にしますが、川端社長は「社員はもとより、事業拡大にとっても、働き方改革を進めることは不可欠であり、一層取り組みを強化すべき」と判断し、全社へのメッセージの発信と牽引を継続されています。
川端社長が、新たに取り組んだのが「業務の断捨離」です。これは、個人・部署レベルの業務効率化から、会社レベルで「やめること」や「やり方を変えること」を判断し変えていく、大きくステップアップした取り組みです。
日頃、社員が無駄だと感じながらもやり続けていることや、労力に見合ったリターンや成果が出せているのか等の視点をもって業務を洗い出し、全役員・部署長がいる会議で、内容確認・断捨離方針の決定をしていきました。業務のやり方を変えるのはチャレンジングなことですが、これにより会社の本気度を社員にも伝えられたのではないかと思います。
また、MJPMは女性社員の採用も強化し、新入社員の5割は女性を採用する方針を掲げて、登用を進めています。加えて、出産育児・介護等を抱えていても離職しなくて済む、多様な働き方ができる人事制度の検証や社風変革等も推進中です。
働き方改革は、企業として生き残るために必須の取り組み
「働き方改革とは、時代を先取りする先進的なものだと考えていたが、そうではなかった。生き残るために必須の取り組みであり、この流れに乗れなければ、われわれは取り残されてしまう」と、同社では引き続き改革を進めています。
働き方改革のきっかけとなった小室の講演会には、三菱地所グループの経営陣が多数出席されていたので、同社の取り組みはグループ企業からも大きく注目されています。成功事例も失敗事例も含め、そのノウハウが大きく広がり、グループ全体に働き方改革が浸透することも期待できるでしょう。
三菱地所プロパティマネジメント株式会社の成功ポイント3
- 社長が強い熱意を持ち、会社方針として、社員に向けて継続的に発信
- 営業職だけでなく事務職もフレックスタイム等の活用で大きな変化
- 社員目線と経営目線による業務効率化や、生産性向上への取り組み
三菱地所プロパティマネジメント株式会社
代表取締役社長川端良三さん
さまざまな取り組みを全社で続けてきたことで、私自身が感動してしまうようなすばらしい成果が多数出ています。たとえば2017年度に実施した「ワークスタイルチャレンジ」表彰制度では、全部門で月平均残業時間が20時間以下、有休所得率80%以上を達成したのも特筆すべき結果のひとつです。
2018年度には固定残業代制度を導入し、残業してもしなくても20時間分は支給する形にしました。その上で、20時間を超えてしまったらそれはそれで支払います。弊社の働き方改革は「残業時間の削減」がゴールではありません。社員一人ひとりが本質的な仕事に向き合える状況を整えることなのです。
そうした結果、新しいアイデアが創出されるようになりました。たとえば2018年4月にリリースした「コトフィス」という保育所付きワーキングスペース。
このサービスが誕生したきっかけは、自分たち自身の働き方を変える中で「待機児童問題で保育園に子どもをあずけられず復職の機会をのがす人が大勢いる。子連れで出勤できる場があれば、入居するテナント企業にとって大きな付加価値になるね」という議論が生まれたことです。
それまで、我々の本業は「オフィスビルや商業施設の運営・管理である」と思っていたものが、自社が働きやすくなったことで「これからのオフィスに求められる役割」が見えてきたのです。
残業が減って自分の時間が生まれたことで、社外の人と関わる時間が増え、他社とのコラボレーション商品なども生み出しています。時間的な余裕、それにともなう「考える余裕」がないと、新しい仕事には手を出せません。
採用面でも大きな収穫がありました。とくに顕著な変化があったのはキャリア採用です。前職で非常に高い給与で働いていた方が、その水準から少し下がってでも弊社に入社したいと。その理由を聞いてみると「働き方改革に総意で取り組んでいる会社だから」「多少所得が下がっても家族の時間を作りたいから」と多くの方がおっしゃいますね。
わが社が働き方改革をして残業を減らし業績を上げたと聞いて、「何をやったの?」「どんな仕組み?」と質問されることが多いのですが、効率的な正解なんてないと思います。もちろん、先行する企業の取り組みは大いに参考になりますが、そのまま答えにはなりません。他社からのヒントを得ながら、自社に合った制度にすべく改善を積み重ねていく。そのプロセスが大切なのではないでしょうか。
※こちらの事例は、弊社代表 小室淑恵の著書『働き方改革 生産性とモチベーションが上がる事例20社』からまとめ直したものです。