沼田土建株式会社様
専業主婦を経て再就職した女性社員がICT活用を牽引
建設業における女性活躍の大きな可能性
弊社では結婚や出産育児、介護、パートナーの転勤など、何らかの理由で離職した女性の再就職を応援するため「女性の再就職応援宣言」をスタートし、趣旨に賛同する企業を募集しています。今回は、宣言企業の1つである沼田土建株式会社の青柳剛取締役社長と、専業主婦を経て再就職された同社企画室長の吉田美由紀さん、建設ディレクターの林直子さんにお話を伺いました。(聞き手:株式会社ワーク・ライフバランス浜田紗織(以下、WLB浜田)、新井セラ(以下、WLB新井))
建設業に再就職をした理由
WLB新井:まずは吉田さんと林さんのお二人が、今どのようなお仕事をされているのかを教えてください。
左から、沼田土建株式会社 取締役社長 青柳様、企画室長 吉田様、建設ディレクター 林様
吉田:幅広い範囲の仕事をしていますが、メインとなるのは工事現場や事務方も含めたDXの推進です。ソフトなどの情報を収集し、それを社内に共有して展開していく企画室という部署の室長をしています。
林:現場で3Dレーザースキャナーを使ったり、ドローンで写真測量を行ったりして、その結果をもとに点群データを作って現場に渡すほか、ICTに関わる書類作成の補助をしています。
WLB新井:幅広いご活躍なのですね。お二人とも専業主婦を経て再就職をされたということですが、これまでどんなキャリアを歩んでこられたのでしょうか?
吉田:私はもともと建設業とは無関係の医療系メーカーで働いていました。結婚を機に退社しましたが、専業主婦をしている時間がどうにも退屈で、働きたくて仕方がないと思いながら過ごしていました。ただ、子どもも小さいですし、働けそうな環境がなかなか見つからなくて……。
そんなとき、近所の建設会社が「休んでも早退することがあってもいいから、うちに来ない?」と声をかけてくださり、そこで働き始めたのをきっかけに、建設業と関わるようになりました。その後、JV(共同企業体)の仕事で沼田土建と一緒に組むことがあり、そこから手伝いに行ったり出向したりするご縁が生まれ、沼田土建に働く場を変えて現在に至ります。
林:私は沼田土建に入社したのが新卒のときでして、当時は総務部に所属していました。5年ほど勤務してから結婚退職をして、それからは特に沼田土建に関係することはありませんでした。
その後、沼田土建がICTや生産性向上に取り組んでいこうとするにあたって、新たな測量機器などを導入することになり、そのタイミングで私も呼び戻してもらうことになりました。「総務部ではなくて、ICTにつながる仕事をするのだけれども、やってみないか?」というお話をいただいたときは、まったく未知の分野だったので不安もありました。ただ、建設業が社会に貢献できる仕事であるというのは新卒で入社した当時からよく理解していましたので、そういう仕事にもう一度携われるチャンスがあるのだったら頑張ってみようと思いました。
吉田:ICTには外注で取り組もうとしたこともあったのですが、会社として内製化をしていかなければならないと危機感を持つようになり、そこで企画室が立ち上がりました。私一人では対応しきれないので、「もう一人誰か人材がほしい」ということで林さんに声を掛けたという経緯です。
WLB新井:林さんが戻ってくるのを心待ちにされていたのですね。青柳さんは、お二人の仕事ぶりをどうご覧になっていますか?
青柳:吉田さんと林さんが上手く協力し合えている印象もありますし、とにかく二人とも理系的なセンスに優れています。二人がICTに関わるようになって、ここ数年で現場の社員はとても楽になったと思います。新しい機器が入って業務が効率化されたというだけでなく、「バックオフィスに現場のことをよく理解していて頼りになる人がいる」という安心感が生まれているのを感じます。
今では現場の人たちが、いろいろなことを二人に相談する環境ができあがっています。非常に良いことだと受け止めています。
WLB新井:それは現場の皆さんにとっても大きな安心感ですね。
再就職の際、ハードルとなったこと
WLB新井:吉田さんは以前とは異なる業界に転職されたわけですが、どんなハードルがありましたか。
吉田:まず建設業の専門用語がまったくわかりませんでした。例えば「根太(ねだ:床を支える補強部材)」という漢字を見ても読み方すらわからず、特殊な知識が必要なのかなという不安はありましたが、特に難しさを感じたことはなかったですね。転職のハードルよりも、それを上回るくらい働ける嬉しさを感じていましたから。
WLB新井:特にどんなときに嬉しさを感じますか?
吉田:専業主婦だったとき、周りで一生懸命働いている友達と話をするのがすごくつらかったんです。みんなキラキラしていて、私だけ社会から置いていかれているみたいな感覚がありました。でも、今は自分も生き生きしているのを実感できるのが嬉しいですね。とにかく仕事が好きなのかな。
WLB新井:いい笑顔ですね~!!こんなふうに仕事が好きと言ってもらえるときっと経営者冥利に尽きますよね。林さんは再就職ということもあって、きっとご家族との相談や調整もありましたよね。どんなお話をされましたか?
林:私は娘が3人いまして、当時は上が高1、真ん中が中2、一番下は小5でした。フルタイムで働きますし、現場に出る業務でもあったので、「帰りが遅くなることがあるかもしれないし、今までのように帰ったときに私が家にいないかもしれないけど、どう思う?」という相談をしました。そうしたところ、ちょうど子どもたちも進学などに目が向き始めた時期だったので「自分たちも頑張るから、ママも頑張ろうよ」と言ってくれました。家族が賛成してくれるなら、ということで背中を後押しされましたね。
再就職を後押ししてくれたお子さんと林さん
WLB新井:娘さんたちの応援は心強いですね。再就職にあたって一番のハードルとなったのは、どんなことでしたか?
林:早い段階で家族の理解が得られていたので、それよりは自分の気持ち面でのハードルがあったと思います。なにしろ15年のブランクがあったので、業界の動向にはついていけていませんでした。使うパソコンも相当進化していて、「どう触ったらいいのかわからない」というようなレベルでしたから、心の準備がまったく整っていなかったんです。「まったく知らない仕事を私がやっていいの?」という不安が大きかったですね。
ですけど、そういった不安を吉田さんや社長が聞いてくださり、「ICTはみんなイチから取り組むことなんだから、恐れずにみんなで一緒にやっていけたらいいんじゃないか。一人に任せるつもりはないよ」と言ってもらえたので、安心できたのを覚えています。
「一緒に踏ん張ってみよう」というスタンスでフォロー
WLB新井:そんなふうに一緒に受け止めてくださったんですね。林さんを受け入れるにあたって、吉田さん側はどんな準備をされたのでしょうか?
吉田:まずは研修に率先して参加してもらいました。また、現場に溶け込むために「一緒に苦労する」という意識を持つようにしていました。最初は現場も抵抗があったと思いますが、一緒に踏ん張ってみようというスタンスでフォローしました。
WLB新井:どういうところに現場の抵抗がありそうでしたか?
吉田:女性が入ってくることへの抵抗というよりは、手法が変わることに対する抵抗だったと思います。ICT化によって、どれだけ正確な測量結果を得られるのか、結果をどれだけ信用していいのかという部分も未知数であり、それを総務部で仕事をしていた事務方の女性社員が担うことについて現場の不安があったと思います。それに関しては、「ICTはこういうものなんだよ」と丁寧に現場に説明するのは私の役割であると思って取り組みました。
WLB新井:吉田さんが「一緒に踏んばろう」と思ってくださったのは非常に心強かったと思います。林さんはその時はどんなふうに感じていましたか?
林:おそらく現場の方たちには、「この人に何ができるの?」という思いがあったと思います。ただ、新しく導入される測量機器については、誰も知識と技術を持っていなかったので、みんな同じスタートラインに立っていました。その中で「新しい機器を導入することによって現場工事がうまくいく」と吉田さんが繰り返し訴え続けてくれたので、現場も「やってみようか」と受け入れができたのだと思います。
実際に導入して結果が出たことで「こんなにうまくいくものなんだ」という理解が広がり、私のことも信用してもらえるようになったんじゃないでしょうか。安心して仕事に取り組めたのは吉田さんのおかげです。
WLB新井:さすがの役割分担とチームワークだったのですね。
お二人のお話を聞いて思い出したのが、マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授が解説されている、組織がうまくいくグッドサイクルと、うまくいかなくなるバッドサイクルの考え方です。どちらも要素は同じ4つなのですが、スタート地点が違います。バッドサイクルでは、結果の質を第一優先に追い求めることで、組織内に対立構造が起きて関係の質が低下し、それによって思考の質も行動の質も低下してしまい、追い求めたかったはずの結果の質まで下がってしまいます。
一方、グッドサイクルは、まず関係の質を高めることから始めます。関係の質が高まり、尊重してもらえる、興味を持ってもらえることで思考の質も上がり、行動の質も上がり、結果の質も上がるというものです。吉田さんが行ったのはまさに関係の質に着目するグッドサイクルのやり方であり、一緒に踏ん張ってくださったからこそ、林さんも安心して取り組むことができ、現場の皆さんも信頼してくださる結果につながったのだなと感じました。
◎女性が建設業界で働くことの意義
WLB新井:お話を伺って、御社では優秀な女性たちがイキイキと活躍されていることが伝わってきましたが、青柳さんは、経営戦略として女性活躍や女性の再就職人材を採用することについて、どのようなお考えをお持ちでしょうか?
青柳:単純に「人が足りないから女性で補う」という感覚は違うのではないかと思っていました。それ以上に多様性を活かすというダイバーシティの考え方が重要だと思っているんです。僕自身は建設会社に女性が入ってくることで、会社の空気や社風が変わったりするのではないかという期待を持っていました。
WLB新井:女性が活躍することで、どのように社風が変わるのでしょうか?
青柳:2024年問題や働き方改革の話が飛び交っている中、建設業はまだまだ男性中心の業界であり、乱暴な言葉が飛び交うなど、変わってしかるべき職場環境が残っているケースがあります。
そういう環境に女性が入ってくることで、確実に空気が変わる部分があります。例えば、男性がキツい口調で何か言うと周囲の反発を受けそうな場面でも、女性が言うことで受け入れられやすくなることがあります。実際に、吉田さんが言うことで、受け入れにくいこともみんな聞き入れてくれるようなところがあるんです。
吉田さんや林さんが丁寧なコミュニケーションを取ることで、男性からも丁寧な反応が返ってくるようになり、社内の空気が徐々に変わってきました。もちろん、女性であるという以前に、二人の能力が優れているという部分が大きいと思いますが、会社の空気を変えてくれたことに本当に感謝しています。
WLB浜田:ものづくりの視点でいうと、作ったものを使う人にはいろんな人がいるわけなので、作る側にもダイバーシティの目線が必要になります。その意味でも女性が入ることに大きな意味がありますね。
青柳:おっしゃる通りです。例えば、標語一つにしても丁寧な標語を作る。そういった、ちょっとした表現が変わることによって、建設業に対する魅力度が変わることもあると思います。ですから、丁寧さはとても大事なんです。
WLB浜田:建設業では、女性が入職するハードルが高いと思われがちですが、それについてはどのようにお考えでしょうか?
青柳:「女性だから測量が得意」とか何かが不得意ということではなく、本人の資質とやる気しだいだとは思いますが、達成感ややりがいを感じ取ることができる人であれば、建設業、特に施工管理に関しては女性がしっかり働ける仕事ではないかと思います。
レーザースキャナで三次元測量する林さん
WLB浜田:日本の場合、文系は女性が多くて理系は男性が多いのですが、本当は能力的には男女で理系文系の差はないとされているそうです。ただ、環境要因が大きく「女性は理系を目指すものではない」という環境下で暮らしていると、自然と文系を選択する傾向が生じるということのようです。
その意味では、御社のように女性の能力を見出して、女性が技術の分野でも活躍をされているという実例が社会に伝わっていけば、社会貢献的な意味も大きいのではないかと思います。
青柳:そうですね。私自身、女性に「建設業で働いてみないか」と声をかける機会がありますが、「私は無理」と言われてしまう場合もあります。実際にやってみれば、わかってもらえると思うんですが……。
WLB浜田:吉田さんや林さんの活躍を等身大で見ていただけたら、「私もやってみようかな」と思う方がいらっしゃるかもしれないですね。
◎技術研究発表会で最優秀賞を受賞!
WLB浜田:話は変わりますが、吉田さんは技術研究発表会で賞を取られたという話を伺いました(※2023年11月22日に開催された「全国建設業協会技術研究発表会」において、吉田さんが「災害復旧工事における生産性向上のための革新的技術の活用」と題して発表を行い、最優秀賞(高度技術部門)を受賞)。ぜひ、どういうプロセスで受賞されたのかお聞かせください。
全国建設業協会技術研究発表会で発表する吉田さん
吉田:発表した内容は、国交省の「PRISM(プリズム)」という事業で取り組んだ高度技術についてまとめたものです。発表内容はスーパーゼネコンと比べても遜色ない内容だとは自負していましたが、やはり発表者のリストを見たときには、「すごい人たちだな」と思い、ちょっと腰が引けました。ただ、社長と話をしたときに「絶対獲ってやる」という気持ちに火がつき、スイッチが入ったのを覚えています。密かにメラメラと燃える思いを抱えながら、プレゼン資料を作っていました。
WLB新井:スイッチが入ったのは社長からのどんな言葉がポイントでしたか?
吉田:発表者のリストを見せて「社長、こんなメンバーなんですけど、どうしましょう」と話したら、「大丈夫だよ。あなたなら獲れるから頑張れ」と。プレッシャーを与えるのではなく、大丈夫だと背中を押してもらえたので、やる気が出ました。
WLB新井:自然体で背中を押してくれる感じが嬉しいですね。
青柳:女性が、しかも地方の建設業が最優秀賞を獲ることに意義があると考えていました。「この人、こんなことやってるの?」「この会社、こんなことやってるの?」と認知してもらう、一つの機会になればいいかなと思ったんです。
特に、今回発表したテーマは「女性が現場で働いている」「女性が建設業で働いている」という枠を超えた取り組みであり、広く多くの人に知ってもらいたいという思いがありました。本人にも「これならいけるよ」という話をしてスタートしたんです。
ただ、やはり吉田さんの真面目さと負けん気がすごかったと思います。会社の職員も周りの人も、「まとめ方が上手、プレゼンが上手」と話していましたが、本人が人一倍練習していたのを見ていましたから。
林:私も受賞は間違いないと思って、何も心配していませんでした。ただそうなると、全国に吉田さんの存在が気づかれてしまう(笑)。なので、「他社から素敵な誘いを受けても首を縦に振らないように」と念押ししていました(笑)。
WLB新井:なるほど。お二人とも受賞に関しては間違いないと確信していたんですね。
林:その事業に取り組んでいたときから「他ではできない大変な仕事をやっている」と思っていたので、それを吉田さんが発表するなら間違いないだろう、と。資料に対して推敲をたくさん重ねていましたし、社長も話していたように練習をたくさん重ね、努力をしている様子を間近で見ていましたので、受賞するはずだと思っていました。
建設業界で働く女性の先輩として 県内工業系女子高生との意見交換会で話す吉田さん。
再就職を考える人へのメッセージ
WLB新井:お互いへの信頼関係も素晴らしいですね。信頼し合っているというだけではなく、それを言葉にして伝えあえるところが本当に素敵だなと感じました。最後にお三方からそれぞれ、今、専業主婦でこれから働こうかどうしようかと考えている方に向けて、エールの一言をお願いできればと思います。
吉田:雇う方も覚悟が要ることですし、働く方も覚悟が必要だと思うので、あまり軽々しく「やってみましょう」とは言えないのですが、「頑張りたい」という気持ちさえあれば、いくらでも周りが後押しするし、フォローします。その気持ち一つで入ってきてもらっても構わないので、ぜひ一緒に働けたらと思います。
林:「やってみたい」という気持ちがあるのだったら、頑張ってみてもいいのかなと思います。もちろん家族や、他にもいろいろなところに影響があると思いますが、「これしかできないから、とりあえずこの仕事」という発想ではなく、「これなら頑張れるかもしれない。頑張ってみたいな」という気持ちがある仕事に向かってトライしてもらいたいなと思います。そういう気持ちを持っていることが周りに伝われば、みんなが助けてくれる人になれるんじゃないかと思います。
青柳:女性だからといって建設業を大変だと思う必要はありません。先ほどお話ししたように、建設業には女性の力を十分に発揮できる場面がたくさんあります。
例えば働き方改革に関しても、男性中心だと長時間労働に傾いてしまいそうな場面でも、いろいろな人が入ることによって、仕事と家庭を両立させ、職場環境を変えていく大きな力になることがあります。ぜひ建設業に目を向けていただきたいと思います。
WLB新井:ありがとうございます!ぜひ自社に来てください、という思いを満載でのエールでしたね。本日はお三方とも、貴重なお時間をありがとうございました。