Case Study

静岡県教育委員会様

「過労死ライン」を超えた残業が常態化している現状を前に
全国に先駆けて取り組みをスタートさせた教育現場

日本は早急に働き方改革を実行しなければ国家財政が崩壊する状況にあります。実際に改革を進めさえすればどんな業種・業界・職種も変わっていけるのですが、いざ現状を見てみると、「もっと改革が加速化してもいいはずなのに。なぜ働き方に対する根本的な発想が変わりにくいのか?」という疑問がわいてきます。さらに突き詰めて考えると、「中央官庁や学校の働き方が変わらないからではないか」という結論に行き着くのです。そんな中で、改革に乗り出した静岡県教育委員会の実例をご紹介します。

※現状を詳しく知るために、まずは「中央官庁・学校で働き方改革が進まない理由。コンサルタントにできることは?」もご一読ください。

「過労死ライン」以上の残業をした中学校教諭は6割以上

文科省の調査によると、2016年度の全国公立中学校教諭の1週間あたりの平均勤務時間は63時間18分。月あたりの平均残業時間という概念に合わせると、なんと平均93時間!「過労死ライン」以上の残業をした教員が約6割(57.7%)にも上りました。

小学校教諭でも月間平均残業時間は平均70時間、過労死ラインに達する教員は33.5%です。公立学校では年間約5000名の教員が精神疾患で休職し、病気離職率も近年右肩上がり。毎年百数十名の自殺者も発生しています。


公立学校教員の病気離職率の推移

経済協力開発機構(OECD)34カ国中、日本の教員の「仕事時間」は平均を大幅に上回った一方、「指導への自信」は最も低いという厳しい現実があります。授業以外の仕事が多く、授業にかけることができる時間は平均より週2時間も短い。つまり勤務時間が長いのはもちろん、その中身が授業以外のことに膨大に割かれている点が問題なのです。

平日にリフレッシュできているか否かが、教育の質を左右する

ちなみに、イギリスでは1998年に教育雇用省が「教員がしなくてよい業務」として次の25項目を挙げました。

①集金
②コンピューター等のトラブル対応及び修繕
③欠席確認
④ICT機器の新設時の委託業務
⑤試験監督
⑥物品の注文
⑦教員の補充業務
⑧物品の在庫管理
⑨大量の印刷
⑩物品の分類・準備・配布・管理
⑪文書作成
⑫会議の議事録等の作成
⑬標準的な通信文の作成
⑭入札のコーディネートと文書提出
⑮学級のリストの作成
⑯個別のアドバイスの提供
⑰記録とファイリング
⑱児童生徒データの管理
⑲教室の掲示物の掲示
⑳児童生徒データの入力
㉑出席状況の分析
㉒職業体験学習の運営業務
㉓試験結果の分析
㉔試験の運営業
㉕児童生徒のレポートの整理

このリストを見た日本の教員は、「自分の仕事の8割だ」と言ってショックを受けていました。

イギリスでは、教員をプロフェッショナルな職業として尊重し、子どもの教育に注力できるよう、国を挙げてサポートしているのです。

常葉大学の紅林伸幸教授によると、平日に「リフレッシュできている」と感じている教員は、「できていない」と感じている教員に比べて「教育上のアイデアが次々に浮かぶ」と答える割合が11%多いそうです。休日はその差が4%。つまり、カギは平日にリフレッシュできているかどうか、なのです。

教員の長時間労働を解消する、静岡県の先駆的取り組み

教員の長時間労働は近年ようやく問題視され始めているのですが、そんな中で行われている静岡県の先駆的な取り組みをご紹介します。

教員の残業時間削減に取り組む静岡県教育委員会では、2016年度から3年間にわたる「未来の学校『夢』プロジェクト」を始動しました。文科省から希望して出向し、静岡県の教育委員会に着任した若手官僚のHさんが、熱意を持って立ち上げたプロジェクトです。

県内4つの小中学校をモデル校に指定し、教職員の多忙化解消・意識改革を目的として、他地区への波及効果を目指しながら施策の検証・立案を行う同プロジェクトには、大学研究者・静岡県PTA連絡協議会会長に交じり、弊社も一員として参加しています。

ここで文科省と教育委員会の関係を補足しておきます。文科省が学校に変革を促せば学校が従うイメージがありますが、実際には学校の上部組織は教育委員会であって文科省ではありません。「学習指導要領」は文科省が枠組みを決めているのに対し、実際に学校で何かを行う際には教育委員会の許可・指示が必要なのです。

文科省からはIT教育やアクティブラーニング、チーム学校といった「追加」業務が次々に舞い込んできますが、何かを削減するには教育委員会の許可が必要という構造があるので、Hさんは教育委員会に出向して取り組むことにしたのです。

4つの小中学校をモデル校に指定し、「早く帰る工夫」を実行

静岡県教育委員会からモデル校に指定されたのは、富士市立富士見台小学校、清水町立清水中学校、藤枝市立高洲中学校、吉田町立住吉小学校の4校。やはり最初のうちは、各校の教員の方々に戸惑いや半信半疑の様子が見られました。

富士見台小学校ではメールを使う習慣がないので、朝メール・夜メールの代わりに黒板を利用しました。帰宅目標時間を記入する「カエルボード」を作り、意識改革や身の回りで着手できることから少しずつ始めていきました。

また、一般的なビジネスパーソンが探し物をする時間は年間150時間以上と言われていますが、学校ではプリントやアンケート等、一般企業以上に紙の資料が膨大です。そこで夏休み期間にこれらの破棄と整理整頓を敢行し、職員室内をレイアウト変更することで、探し物時間を大幅に削減しました。

留守番電話の設置で、持ち帰り仕事も残業時間も激減!

2学期には、大きな時間を占める「保護者対応」に着手した学校も出てきました。全国の学校では放課後ひっきりなしにかかってくる保護者からの電話で、テストの採点や評価といった集中を要する作業が進まず、持ち帰り仕事が慢性化しています。この対応として最も効果が高かったのは、留守番電話の導入でした。

18時以降は留守番電話に切り替え、集中できる環境を整備。そのうえで19時までの退勤をルールとしたところ、富士見台小学校では月間の平均残業時間が前年同月比で最大13時間減少、高洲中学校では持ち帰り仕事が半減しました。

さらに高洲中学校では留守番電話の導入だけでなく電話の音も鳴らない設定にしました。その結果、教員アンケートで「音が鳴らないので業務に集中できた」「電話がかかっているのに出ないという心苦しさから解放された」という声が多く上がり、満足度は97%。明日の子どもたちの授業のことを考え、準備する時間に充てられるようになりました。また、精神的なストレスも大幅に軽減できています。

保護者に事前説明をしっかり行い、理解ある好意的な反応を獲得

意外だったのは、保護者からの反応です。PTA経由で取った少数アンケートですが、「よい」「まあよい」の合計が100%と前向きな評価でした。

「決められた時間に対応していただけるほうがかけやすいし、スムーズ」「親も先生の勤務時間を意識し、連絡する内容も最小限に伝えることができる。必要なら18時前にかければいい」と非常に理解のあるコメントでした。

保護者に対しては、4月のモデル校選出直後と9月の留守番電話導入前に、丁寧な説明会を実施しました。中には、「教師が楽をするためか」などの懐疑的な問い合わせを受けたケースもありましたが、「教師が子どもたちと向き合う本質的な時間を生み出すための活動です」と繰り返し伝え、理解を得ました。

保護者に対して効果的に訴求できる「シネアド」制作も功を奏す!

学校の働き方改革に欠かせない「保護者の理解」を得るため、静岡県教育委員会は広報活動にも工夫を凝らしました。

夏休みになると映画館では子ども向け人気アニメ映画が上映され、子どもと保護者が一緒に足を運びます。そこで、映画館で放送する広告(シネアド)を制作し、上映前に「教室が今、SOS!」という理解促進のCMを流したのです。

映画館はスクリーンを見る以外にすることがないので、子どもに付き添ってきた保護者に確実に訴求できるいいアイデアだといえるでしょう。地元企業の協賛を募り、シネアド上映に加えてポスターも制作しました。


静岡県教育委員会が制作したポスター広告「教室が今、SOS!」

また、富士見台小学校では「地域の見守り」「校庭整備」「放課後の補習」など教員が時間を取られていた業務を地域に協力してもらえるよう募集をかけたところ、定年退職後の方々や、専業主婦、子どものいない地域住民も含めて120人以上が集まって力を貸してくれています。

静岡県の成功事例が、他県の教育現場にも広がっていく

静岡県教育委員会の取り組みとその成果は静岡新聞にも取り上げられ、他県の教育現場にも広がっていきました。

こうした先進事例が注目されたことで全国各地の教育委員会、学校から弊社に問い合わせがあり、今年度は岡山県や埼玉県、神奈川県など、各地で教員たちの働き方改革の支援をさせていただいています。


※こちらの事例は、弊社代表 小室淑恵の著書『働き方改革 生産性とモチベーションが上がる事例20社』からまとめ直したものです。

担当コンサルタント

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